【前編】からの続き

ヴンダーリッヒ讃:史上最高のテノール

この「美しき水車小屋の娘」でも当然、フィッシャー=ディースカウを聴くことになるのだが、この青春の歌「美しき水車小屋の娘」に限っては、フリッツ・ヴンダーリッヒというドイツが生んだ最高のリリック・テノールを聴いてもらう必要がある。

「美しき水車小屋の娘」は元々テノール(テナー)のために書かれた歌曲集。シューベルト自身も名言している。

フィッシャー=ディースカウは並みのテノール以上に高音をいとも簡単に歌いこなす超人だが、本来はバリトン歌手。これだけ「行くところ可ならざるはなし」のフィッシャー=ディースカウをもってしても、この「美しき水車小屋の娘」だけは、最高のテノールには敵わないというのが本当の話し。

その最高のテノールがフリッツ・ヴンダーリッヒというドイツの若い歌手だ。

ヴンダーリッヒが歌う「美しき水車小屋の娘」以上の演奏は、この世に存在しないと断言したい。

ヴンダーリッヒの「美しき水車小屋の娘」の国内盤のCDの解説書、写真、ディスク本体と帯。
ヴンダーリッヒの「美しき水車小屋の娘」の国内盤のCDの解説書、写真、ディスク本体と帯。

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名テノール、ヴンダーリッヒの名演に涙

本当に素晴らしい声と歌いっぷり。これ以上の「水車小屋」はないというのは本当の話しだ。

この録音は1966年7月2日から5日にかけてミュンヘンの科学アカデミーで行われた。ヴンダーリッヒは1930年9月の生まれなので、36歳の誕生日を2カ月後に迎える35歳だった。

曲に最もフィットする最高の演奏

とにかくその声の美しさは尋常じゃない。

ヴンダーリッヒの写真① ネットから引用。
ヴンダーリッヒの写真① ネットから引用。

 

極めて伸びやかで柔軟性に富むのがヴンダーリッヒの最大の特徴だ。高音にも全く無理がなく、その声の柔らかいこと、ゴツゴツしている部分が全くなく、そのレガート唱法、声の柔らかさと滑らかさには惚れ惚れとしてしまう。柔らかさと滑らかさを、僕は柔軟性と括るのだが、ヴンダーリッヒはそれが傑出している。

テノールはどうしても冷たい声になりがちだが、ヴンダーリッヒの声に冷淡さは無縁、どこまでも温かく、人のぬくもりに満ちているのが魅力だ。

そして何と言っても歌い口が美しいのである。どこまでも清潔な歌を聴かせてくれる。

ヴンダーリッヒの写真② ネットから引用。
ヴンダーリッヒの写真② ネットから引用。

 

柔らかく柔軟性に富んでいて、声に温かみがあるといったら、正に「美しき水車小屋の娘」の主人公の若者のイメージそのものではないか。

歌に求められる声とキャラクターがこれほどフィットする例を他に思いつかない。

本当に申し分のない歌で、フィッシャー=ディースカウで「水車小屋」を聴いたときに感じる若干の違和感も、ヴンダーリッヒの歌には全くない。

正に作曲家のシューベルトが望んだであろう「美しき水車小屋の娘」を歌うに最もふさわしい最高の歌手だと言っていいだろう。

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当録音の直後に転落事故で急逝

そのヴンダーリッヒが、何とこの曲の録音を済ませた直後に突如、急逝してしまう。

1966年9月17日にヴンダーリッヒは招かれた友人の別荘の階段から転落して、頭蓋骨を骨折し、帰らぬ人となってしまう。36歳の誕生日の9日前、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場でのデビューを数日後に控えていた。

ヴンダーリッヒの写真③ ネットから引用。
ヴンダーリッヒの写真③ ネットから引用。

 

世界中の音楽ファンが衝撃を受けた。将来の栄光が約束されていた最高のテノール歌手だっただけにその損失は計り知れない。

2ヵ月前に録音を済ませていた「美しき水車小屋の娘」のレコードが発売される前だった。レコードが発売された時点では、既に吹き込んだ歌手は亡くなっていたという衝撃なレコードとなった。

あの「燃えよ!ドラゴン」が日本で公開された時に、既にブルース・リーが亡くなっていたというのに良く似た話しだ。ちなみにブルース・リーは32歳で帰らぬ人となっている。

シューベルト31歳、ヴンダーリッヒ35歳、ブルース・リー32歳。

至高の名演が廃盤の憂き目に

このヴンダーリッヒの遺産ともなった至高の録音が、何と現在、廃盤となっている。本当にあってはならないこと。若くして亡くなった名テノールの最高の名演ということに留まらず、「美しき水車小屋の娘」の最高の名演である。

これはいつまでも現役盤として残してほしかった。断腸の極みとはこのことだ。

ヴンダーリッヒの生地であるドイツのグーゼル(グーゼル市立公園)にあるヴンダーリッヒの胸像。
ヴンダーリッヒの生地であるドイツのグーゼルにあるヴンダーリッヒの胸像(グーゼル市立公園)。

 

幸い、中古盤が安く購入できるので、是非ともヴンダーリッヒが歌う「美しき水車小屋の娘」をしっかり聴いてもらいたいと切に祈るものである。

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フィッシャー=ディースカウはやっぱり凄い 

「水車小屋」のCDはヴンダーリッヒで決まり、ということで間違いはないのだが、国内盤が廃盤となっていることもあり、これで終わりとするわけにはいかない。

フィッシャー=ディースカウを崇拝する僕としては、フィッシャー=ディースカウもどうしても聴いてもらわないわけにはいかない。

やっぱりフィッシャー=ディースカウは素晴らしいのである。あまりにもピッタリとフィットしてしまっているヴンダーリッヒを除けば、当然のことながらフィッシャー=ディースカウの一人舞台となってしまう。

若き日のフィッシャー=ディースカウの写真。この知的で精悍な表情が素晴らしい。
若き日のフィッシャー=ディースカウの写真。この知的で精悍な表情が素晴らしい。

 

「美しき水車小屋の娘」でも、フィッシャー=ディースカウは、何度も録音を繰り返している。元々がテノール向きの作品なので、「冬の旅」のように7回のスタジオ録音、ライヴ等を含めると全部で14種類以上の録音が残されているという途方もない数字には及ばないが、下表のとおり、スタジオ録音が4回、その他に僕が確認できているだけでもライヴ等が3種類あるので、都合7種類の録音が存在している。

これだって途方のない話しである。

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ディースカウの「水車小屋」の録音

フィッシャー=ディースカウの「美しき水車小屋の娘」の録音は以下のとおり。

フィッシャー=ディースカウの「美しき水車小屋の娘」の録音(CD等)

【スタジオ録音】

① 1951.10.3~7   伴奏:ジェラルド・ムーア
1961.12.2~4   伴奏:ジェラルド・ムー
1968.1.8~10   伴奏:イェルク・デムス
1971.12     伴奏:ジェラルド・ムーア

【ライヴ演奏等】

① 1991.6.20   伴奏:アンドラーシュ・シフ(DVD)
② 1992.4.2       伴奏:クリストフ・エッシェンバッハ(DVD) 
③ 1992.11.24   伴奏:ヴォルフガング・サバリッシュ
  東京メトロポリタンシアター(東京芸術劇場)でのライヴ演奏

フィッシャー=ディースカウは1992年12月31日、ミュンヘンでの大晦日のガラコンサートで、歌手として正式に引退した。上記③の東京メトロポリタンシアター(東京芸術劇場)でのコンサートはその1カ月前のもので、日本での非常に貴重な演奏会となった。   

正式なスタジオ録音が4回。「冬の旅」の7回に比べると驚くに値しないが、それでも大変なことだ。それとは別に、DVDなどによる演奏会のライヴ映像が3種類ある。

その全てが我が家に揃っている。

廃盤が多いが、2種類は聴ける!

「冬の旅」同様に、この「水車小屋」の名盤も廃盤化が進んでいるが、幸い2種類がまだ生きている。

一般的にシューベルトの3大歌曲集の最高の名盤との定評の高い1971~72年にかけて録音されたドイツグラモフォン盤が廃盤となっていることは許し難いが、その前の60年代のEMIでの録音が入手できることは福音だ。

「水車小屋」はテノールのための曲なので、さすがのフィッシャー=ディースカウといえども、年齢を重ねるとそれだけ、声に無理が出て来るのと、どうしても「青春の歌」の趣きが失われてくる。

F=ディースカウへの批判もある

フィッシャー=ディースカウのような超人を批判するなど僕には考えられないことだが、批判的に語る一部の「音楽評論家」は、フィッシャー=ディースカウの歌は、あまりにも知的過ぎて純朴さに欠ける。あまりにも文学的な分析が勝り過ぎて、歌としての自然の発露に欠ける、彼らには、言ってみれば「あまりにも頭でっかちな歌で、自然に湧き出る感情に乏しい」ということになってしまう。

言っていることは分からなくもない。フィッシャー=ディースカウはあまりにも賢い人過ぎて、素朴に歌うことが苦手であることは事実だろう。

そういう意味では、「水車小屋」はフィッシャー=ディースカウには最も不向きな歌なのかもしれない。

フィッシャー=ディースカウの写真。ネットから引用。
フィッシャー=ディースカウの写真。ネットから引用。

 

僕は聴く度に感動するが、ヴンダーリッヒと聴き比べると、その批判も納得できなくはない。

そういう意味では、声の魅力が落ち始める高齢になってからの録音は、さすがにお勧めできない。

上記の表で、演奏会のライヴ映像が、3種類全て1990年代の演奏であることには、フィッシャー=ディースカウの崇拝者である僕も理解に苦しむところだ。65歳を超えての「水車小屋」はないだろう。設定がそもそも結婚前の若者なのだ。

サバリッシュと引退直前に来日し、東京芸術会館で歌った最後の歌が、何故「水車小屋」だったのか?これは本当に不思議な話しである。

シフとエッシェンバッハとの折角のライヴ映像もさすがにちょっと痛々しい。若い頃の超絶な声の美しさを知っている身には辛い映像となっている。

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現存の2つのCDはどちらも素晴らしい

1961年と69年録音の現存の2種類のCDはいずれも素晴らしいもので、安心して聴くことができる。

ヴンダーリッヒの録音といずれもほぼ同じ時期の録音で、聴き比べるのも楽しい。

ちなみにヴンダーリッヒとフィッシャー=ディースカウの2人は、年齢的にはフィッシャー=ディースカウがヴンダーリッヒの5歳年長。2人は無二も親友で非常に親しかったという。

ヴンダーリッヒの事故による早逝が悔やまれてならない。

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「冬の旅」とセットで聴くべき貴重な名曲

「美しき水車小屋の娘」と「冬の旅」。同じ詩人の詩に付けられた2つの有名な歌曲集はあまりにも雰囲気が違い過ぎるが、明の「美しき水車小屋の娘」と暗の「冬の旅」。

いずれも紛うことなきシューベルトの世界だ。

シューベルトの肖像画
シューベルトの肖像画

 

どうかこの両方を聴いてもらうことで、シューベルトの類まれな歌の魅力を満喫していただきたいと切に祈るばかりだ。本当にシューベルトの歌は素晴らしい。

 

☟ 興味を持たれた方は、どうかこちらからご購入をお願いします。

先ず先に、ヴンダーリッヒの遺言となった理想の名演をお薦めしたいのですが、廃盤となっているため、先にフィッシャー=ディースカウから取り上げます。

ヴンダーリッヒの名演は、中古盤での案内となります。

【フィッシャー=ディースカウの演奏】

本文で書いたように「冬の旅」と同様、現在、フィッシャー=ディースカウの名盤中の名盤として知られる全盛期のドイツグラモフォン盤(72年録音)の国内盤が入手困難となっています。正確に言うとSACD規格のCDは入手できるのですが、これは専用機が必要で、普通のCDプレーヤーでは再生できません。

幸い2種類のフィッシャー=ディースカウの録音が入手できますので、どちらかを選択してください。1962年録音のムーア盤と1969年録音のデムス盤です。どちらも素晴らしい演奏なので「冬の旅」程の不満はありません。

(1)1962年録音 ピアノ:ジェラルド・ムーア

1,446円(税込)。送料無料。


シューベルト:歌曲集「美しき水車小屋の娘」(全曲) [ ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ ]

(2)1969年録音盤 ピアノ:イェルク・デムス

1,369円(税込)。送料無料。


シューベルト:歌曲集≪美しき水車小屋の娘≫ 他 [ ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ ]

【フリッツ・ヴンダーリッヒの演奏】

本文中にも書いた通り、この名盤が廃盤となっています。フィッシャー=ディースカウに勝るとも劣らないヴンダーリッヒの演奏がこの「美しき水車小屋の娘」にはピッタリだと思われるだけに残念でなりません。

興味のある方は、どうか中古盤を求めてください。

①664円(税込)。送料250円。合計914円


【中古】CD ブンダーリヒ(フリッツ),ギーゼ シューベルト : 歌曲集<美しき水車小屋の娘> POCG3526 /00110

②1,201円(税込)。送料250円。合計1,451円。


【中古】CD ヴンダーリヒ(フリッツ), シューベルト; ギーゼン(フーベルト) シューベルト:歌曲集「美しき水車小屋の娘」 UCCG3359 /00110

③1,089円(税込)。送料398円。合計1,487円。


【中古】 シューベルト:歌曲集「美しき水車小屋の娘」/フリッツ・ヴンダーリヒ,フーベルト・ギーゼン

④990円(税込)。送料無料。合計1,388円。


【中古】 シューベルト:歌曲集「美しき水車小屋の娘」/フリッツ・ヴンダーリヒ(T),フーベルト・ギーゼン(p)

 

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