【中編:クリュイタンス盤】からの続き

有名なコルボ盤がやっぱり傑出

新旧のクリュイタンス盤と並んで取り上げなければならない演奏は、コルボ盤である。

コルボ盤もまた非常に有名なCDで、フォーレの「レクイエム」の最高の名盤としてその評価が定着している。色々と他の演奏を聴いてみても、やっぱりこのコルボ盤に行き着いてしまう。

圧倒的な、奇跡的な名盤と呼んでいい。

ミシェル・コルボと言えば、僕にとって最も大切な作曲家の一人であるモンテヴェルディを現代に発掘させた指揮者であり、バッハにも傑出した演奏が少なくないが、一般的にはフォーレの「レクイエム」で知られている。

フォーレの「レクイエム」と言えばコルボであり、コルボと言えばフォーレの「レクイエム」。そうした抜き差しならぬ特別な関係にある決定的な名盤だ。

コルボの新旧2種類ののCD。実はコルボには他にも2種類のCDがある。
コルボの新旧2種類ののCD。実はコルボには他にも2種類のCDがある。

今回、新たに聴き直してみて、改めてこの演奏の奇跡的な素晴らしさを認識させられた。ところが、実はこの演奏は、コルボの数多い名盤の中ではかなり異質な、コルボらしからぬ異例なCDなのである。

多くのクラシックファンはその事実に気が付いていないかもしれない。

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手兵のローザンヌのメンバーではない!

ここで注目してほしいのは、演奏団体、特に合唱団である。

コルボが指揮する合唱団は、そのほとんどがローザンヌ声楽アンサンブルというコルボ自らが創設した合唱団である。オーケストラも同じくローザンヌ器楽アンサンブル。コルボはスイスの指揮者で、ローザンヌで生まれ育って、その地で合唱団とオーケストラを結成し、多くの録音を積み重ねてきたわけだ。

コルボ自身が、「ローザンヌ声楽アンサンブル」のことを「自分自身の合唱団」と語っている。

後にポルトガルのグルベンキアン財団が創設したリスボン・グルベンキアン合唱団とグルベンキアン管弦楽団とも数多くの素晴らしい録音を残しているが、その数多いCDのほとんどは、ローザンヌの面々たちと組んできたものだ。

ところが、このコルボ最高の名盤として名高いフォーレの「レクイエム」の演奏は、ローザンヌのメンバーとではなく、リスボンのメンバーでもない。

正確に書いておこう。

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このCDの演奏者を正確に

このCDの演奏者は以下のとおりだ。

コルボの名盤:フォーレの「レクイエム」のデータ

指揮:ミシェル・コルボ

ベルン交響楽団

サン・ピエール=オ=リアン・ド・ビュル聖歌隊
フィリップ・コルボ(オルガン)

アラン・クレマン(ボーイ・ソプラノ)
フィリップ・フッテンロッハー(バリトン)

録音:1972年 ベルン

スイスの首都、ベルンで録音され、オーケストラもベルンであり、聖歌隊もベルンの合唱団だ。ここにはコルボと切っても切れない手兵のローザンヌの声楽アンサンブルも器楽アンサンブルも参加していない。

著名な大指揮者だと様々なオーケストラで指揮をすることが珍しくないが、コルボのような基本的に合唱指揮者で、自ら創設した合唱団やオーケストラを持っていると、他の団体で指揮をする、ましてレコーディングをすることはあまり多くはない。

特にコルボの場合は、僕の知る限り、ローザンヌとリスボン以外の合唱団を指揮したCDはこのフォーレの「レクイエム」以外には1枚もない。ちなみに僕は熱烈なミシェル・コルボのファンで、コルボのCDは全て持っているので、間違いない。

コルボが生涯で唯一、ローザンヌとリスボン以外の団体とタッグを組んだCDが、決定的な名盤となったのである。このことだけでも奇跡と呼んでいいだろう。

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少年合唱団による演奏

更にもう一つ、重大な点がある。このコルボが指揮したベルンの聖歌隊は少年合唱団であることも非常に変わっている点だ。現在までに、フォーレの「レクイエム」のCDは、全世界で50種類前後は出ているはずだ。それらは全て成人の合唱団、つまり大人が歌う混声合唱団である。

コルボのこの名盤は、少年合唱団が歌っていることも非常に珍しい。

だが、この少年合唱の何と美しいこと。これ以上は考えられない程の美しい合唱を少年たちが聞かせてくれる。

という次第で、このコルボ指揮の有名なCDは、いくつかの点でかなり異質な例外的なCDである。

それがこれ程の超ド級の名演となったことは本当に奇跡としか言いようがない。その奇跡的な名演が、他ならぬフォーレの「レクイエム」という音楽史上、最も美しい音楽でなされたことに驚きを禁じ得ない。

驚くのはまだこれからだ。

実は、このベルンの聖歌隊(少年合唱団)との録音は単なる偶然ではなく、かなり感動的なエピソードを伴っている。どうしてもこの経緯を知ってもらう必要がある。

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この組合せが実現した経緯が感動的

このベルンにあるやたらと長い名称の「サン・ピエール=オ=リアン・ド・ビュル聖歌隊」は、実はコルボの叔父が指揮者を務めていた合唱団なのである。

ミシェル・コルボは音楽一家の生まれで、祖父と叔父が合唱指揮者で、父親は合唱団員だった。

コルボ自身が、叔父のアンドレ・コルボが最初の合唱指揮の師だったと語っている。

このCDの国内盤には添付解説書の後半に、貴重なミシェル・コルボのインタビューが収められている。その内容が非常に内容豊富で感動的なので、一部を引用させてもらう。

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コルボのインタビューから(抄)

(前略)私のおじのアンドレ・コルボは、私にとって最初の合唱指揮の師でもありました。おじはフォーレのレクイエムを演奏する計画を立て、準備していたのですが、そのコンサートを目前にして、亡くなってしまいました。私はおじへの追悼として、おじの合唱団であるサン・ピエール=オ=リアン・ド・ビュル聖歌隊を指揮してフォーレのレクイエムを録音しました。ソプラノのソリストも合唱団の団員から選びました。子供たちは、レクイエムの準備をしたおじの死に接して、その歌詞と音楽に心底共感して歌ってくれました。奇跡のような出来事でした。

ボーイ・ソプラノのアラン・クレマンは、その録音の10日ほど後から、声変わりが始まり、高い声は出なくなってしまいました。彼は後にバリトン歌手としてローザンヌ声楽アンサンブルに所属し、ソリストも務めています。

フォーレはレクイエムにおいて「ソプラノ」としか書いていませんが、私は少年の声を想定していたのではないかと思います。調べたのが随分前になるので記憶が定かではないのですが、フォーレ自身が5つほどのヴァージョンを残しており、2つめの版でボーイ・ソプラノが使われていたと記憶しています。

私は後に「私自身の合唱団」、ローザンヌ声楽アンサンブルでフォーレのレクイエムを録音しました。ソプラノのソリストは、少年のような声を持つ団員の女性を起用しました。フォーレのレクイエムにはこれ見よがしの自己表現旺盛な人は要りません。素朴で敬虔な人が必要です。

「フォーレは少年の声を想定していた」と言いましたが、これは、声としてそうあってほしいということで、子供に歌わせればいい、というものではありません。歌手が実際に少年であるかどうかにはこだわらないのです。私が2度目の録音に起用した女性歌手は、少年のような澄んだ声と心の持ち主で、私はその声に感動を覚えました。今では3児の母で、仕事で歌うことはありませんが、彼女の少年のような声は今でも健在ですよ。今回(2003年)の日本ツアーでも、フォーレのソリストは少年のような声の団員に歌ってもらいます。

フォーレのレクイエムの2度目の録音は、満足すべき水準に達していると思いますが、最初の録音で少年たちが歌ってくれたものは、まったく特別なレクイエムでした。あの魂の高揚を再現することは無理ではないかと思うのです。あの録音は私にとっても特別で大切なものです。
(後略)
※ 2003年2月19日 大阪にて 文責:ワーナーミュージック・ジャパン

コルボの指揮姿①
コルボの指揮姿①
コルボの指揮姿②
コルボの指揮姿②

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解説は不要で、野暮となりそうだが

解説は不要だろう。コルボの叔父さんが録音の準備をしていたフォーレのレクイエム。そのコンサートの目前に叔父が亡くなってしまって、急遽、甥っ子のミシェル・コルボが指揮をすることになった。

「子供たちは、レクイエムの準備をしたおじの死に接して、その歌詞と音楽に心底共感して歌ってくれました。奇跡のような出来事でした。」

「最初の録音で少年たちが歌ってくれたものは、まったく特別なレクイエムでした。あの魂の高揚を再現することは無理ではないかと思うのです」

これが音楽史上、唯一無二の最高のレクイエムでなされたことは、本当に奇跡以外の何物でもないし、曲がフォーレのレクイエムだったからこそ、ここまでの感動的な演奏が実現したとも言えるだろう。

『あの魂の高揚』という言葉が全てを語っている。

フォーレの写真
フォーレの写真

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何故、ローザンヌとの再録盤が出ない?

コルボのフォーレのレクイエムの録音を巡っては不思議でならないことがある。

72年録音が特別に美しい奇跡的な名演だといっても、上記インタビューの中で、コルボ自身が語っているように手兵のローザンヌの面々との再録音も素晴らしい名演なのである。

こちらは最初の録音からちょうど20年後の1992年に録音されたもの。フォーレのレクイエムの最高の名演との評価を確立しているコルボの手兵との再録音が何故、国内で販売されなかったのか不思議でならない。

フォーレのレクイエムは日本国内でも非常に人気の高いクラシック作品であり、しかもあの名盤を指揮したコルボによる正真正銘の手兵との記念すべき画期的なCDだったはずなのに。

それだけではない。この再録音には「レクイエム」だけではなく、「ラシーヌ賛歌」を始めとするフォーレの珠玉の合唱曲がふんだんに入っている非常にかけがえのないCDなのである。

超名曲である「ラシーヌ賛歌」を筆頭にモテットが5曲、更にこれまた僕が大好きな女声合唱による「小ミサ曲」まで入っている、ちょっと大袈裟に言うと、フォーレの合唱曲全集に近い貴重なCDなのである。演奏が傑出していることは言うまでもない。

ちなみにこのコルボの新盤が日本国内で単発で販売されることはなかったが、コルボの没後(コルボは2021年に87歳で亡くなった。まだ没後5年も経っていない)2年目に発売された大型BOX「ミシェル・コルボ/エラート録音全集~古典派&ロマン派編」という大部の36枚組に収録されている。

これが「ミシェル・コルボ/エラート録音全集~古典派&ロマン派編」36枚のBOX。もちろん僕の手元にもある。
これが「ミシェル・コルボ/エラート録音全集~古典派&ロマン派編」36枚のBOX。もちろん僕の手元にもある。

 

これは僕のような熱烈なコルボファンでないと中々手が出せないだろう。

本当に残念なことだ。

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コルボで「フォーレク」をじっくり聴いて

色々と書いてきたが、とにかくこれほど美しく、感動的な音楽は他にはないと断言したくなる音楽史上の奇跡的な名曲である。

クラシック音楽ファンならこの曲を聴いたことがない人はいないと思うが、もし未だと言う人がいるなら直ぐにでも聴いてほしい。本当に美しく、深い祈りと清々しさに満ちた音楽である。

コルボの奇跡的な名演をじっくりと聴いてほしい。聴く人の人生観が変わってしまうくらいの感動的な音楽がここにはある。

 

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