「貞観政要」を出口治明解説で味わってみた

帝王学、リーダー論に関する古今東西の最高のテキストと評価される「貞観政要」の解説をあの出口治明さんの新書で読んでみた。
組織や部署のトップ、責任者としてリーダーシップを発揮するに当たって、これは大いに役に立ちそうだ。

「貞観政要」の解説書は概説も含めて何冊も出ているが、このブログでも紹介している「宗教と哲学全書」の著者であるあの稀代の読書家にして立命館大学アジア太平洋大学学長の出口治明さんのコンパクトな新書で読むと、そのエッセンスが非常にやさしく、分かりやすく解説されており、その概要を良く理解できるのでお勧めしたい

これが新書の表紙。出口さんのにこやかな表情がいい。
裏表紙に目次の概要が掲載されている。著者のこの言葉が本書のエンディングとなっている。

「貞観政要」は古典的名著として不動の地位を占めているのでご存知の方が多いと思うが、改めてその概要を紹介しておく。

「貞観政要」とは何なのか?

中国4千年の歴史の中で、唐の時代ほど政治的にも文化的にも繁栄を誇り、日本からも遣唐使が派遣されるなど、当時の世界の中心と言ってもいいくらい栄えた時代はないかもしれない。

その約300年(618〜907)の長きに渡って存続した唐は、二代目の皇帝太宗(李世民)の時代に最も安定し、古今東西でも稀にみる安定した平和な時代であったことは、少しでも世界史を学んだ者なら、良く知っているはずである。

強力な権力を誇った隋の煬帝が殺され、僅か40年弱で隋が滅んだ後、李淵・李世民という親子によって唐が建国され、再び中国を統一したわけだが、特にこの二代目の李世民は稀に見る名君として知られ、7世紀前半の20年強に及ぶ治世(627〜649年)は「貞観の治」としてあまねく知られている。

 

「貞観政要」は、その名君太宗が優秀な部下たちと語り合った政治論、リーダー論である。

良くぞこんなものが残されていたものだと本当に驚いてしまう。太宗の死後50年ほど後に編纂されたものだが、太宗こと李世民と宰相ほか優秀な部下たち総勢45人程との実際のやり取りがそのまま残されている。

全10巻40篇からなる。太宗の言葉がそのまま蘇るさまは感動的ですらある。正に太宗の言行録に他ならない。

これが「貞観政要」であり、その後、時代を超えて愛読され、中国本土の元のフビライ、清の乾隆帝などはもとより、日本でも北条政子が和訳させ、日蓮も書写したという。徳川家康や明治天皇が熱心に読んだことでも良く知られている。

スポンサーリンク

太宗・李世民とやり取りをする部下がすごい人物

唐の第二代皇帝太宗とやり取りをした部下たちのことを知って、先ずは驚嘆することになるのだが、このことが貞観政要の内容の最大の中核部分ともなるので、良く理解してもらう必要がある。

皇帝に厳しいことをズケズケ言うのは、皇帝を暗殺しようとした男

貞観政要には宰相を始め45人もの部下が登場してくるのだが、その中心人物は魏徴という大臣。驚くことなかれ、魏徴はかつて太宗がまだ李世民だった頃、実権を握るために殺害した兄に仕えていた部下で、何と李世民の暗殺を企てた人物。簡単に言うと、李世民を殺そうとした男だ。

捕らえられた魏徴は処刑されるはずであったが、その能力を見抜いた李世民が命を助けたどころか、自分の側近にし、自分の批判をトコトンさせたというのだから、恐れ入る。

李世民というのはそういう桁外れの懐の広い大人物だったのだ。

皇帝就任後も偉ぶることなく、かつて命を狙われた政敵の重臣だった男を重用し、自分への批判をさせたのである。

出口治明は本書の中で、「(太宗は)諫言を聞き入れることで、裸の王様にならないように努めた」と書いているが、常人には中々できることではない。

太宗が古今東西稀な善政を敷いたわけは

何故そこまでして自らを厳しく律し、生涯に渡って善政に徹したのかというと、上述の太宗が皇帝になった時の経緯が大きな要因だったということが分かってくる。

僕は世界史には詳しく、中国史にもかなり通じていると自負していたが、実はお恥ずかしいことに、李世民のことは少し勘違いしていた。

世界史で唐の建国を学ぶと、李淵・李世民という父子が隋崩壊後の混乱の後、二人で力を合わせて理想国家の唐を建国したかのように思っていたのだが、史実は実はそうではなかったのだ。

スポンサーリンク

太宗誕生に至るお家騒動の惨劇

李世民は次男。父の李淵は長男の李建成を後継者にするつもりだったが、次男の李世民の活躍が目覚ましく、皇太子の長男にとって次男の存在は目の上のタンコブどころか、自分を脅かす邪魔な存在であり、李世民を亡き者にしようと企てる。お決まりのお家騒動だ。

李世民からすれば売られた喧嘩のようなもので、自らの命を守るための正当防衛とも言えたが、部下と計らってかなり用意周到に兄と弟を殺害し、父親の李淵まで幽閉し、クーデターを成し遂げた。これが「玄武門の変」である。

こうして太宗が誕生したわけだが、皇太子に決まっていた兄と弟の二人を惨殺し、父親まで幽閉したことは、李世民にとって生涯変えることのない汚点となり、この汚点を消すために善政を敷いたというのが事の真相

こんな酷いことをして皇帝の座を手に入れた者は、その非を反省し、悔い改めないと人民の信頼を得られず、また新たな政争が起きる。そのためにひたすら善政に努めたというのだから、本当に太宗、李世民という男はすごい人物だ。

もうお分かりだろうが、魏徴は兄の李建成に仕えていた俊才で、李建成を皇帝にするために李世民の殺害を進言した男だったのだ。李建成がもたもたしている間に、動きを察した李世民が先に動き、兄と弟を惨殺した。

本書の中の図を引用。隋から唐へ。そして李世民いに仕えた側近たち。

 

そして前述のとおり、自分の殺害を進言した敵の懐刀は当然殺さなければならないところ、命を助けたばかりか、自らの側近中の側近に据えたのである。

恐るべし、李世民。唐の第二代皇帝太宗である。

皇帝に厳しい意見を進言する役割

諫言(かんげん)という言葉がある。トップや上司に対して、その言動に対して厳しいことを言うこと。簡単に言えば、上司に対する批判である。

これができるかどうかが組織の命運を決める。

二つ問題がある。

①そんな部下からの厳しい批判を素直に聞き入れられるのかというトップの側の問題。
②トップに対して、そんな厳しい批判を言うことができるのかという部下の側の問題。今、日本中を席巻している忖度の真逆である。

太宗はこれを制度化した。部下の中に専らトップの、つまり皇帝の批判をし、諌める役割を持った係を置いたのだ。これが諫議大夫(かんぎたいふ)であり、その役割を魏徴に担わせたというわけである。

太宗・李世民と魏徴を筆頭とする側近中の側近。杜如晦と房玄齢は太宗を支えた有名な2人の宰相。

自分のことを振り返るとその困難さが身に染みる

僕自身は相手がトップでも上司でも、思ったことはいつも正直に口に出してしまう人間で、これでどれだけ大変な目に遭ってきたか分からない。

でも、おかしいことは黙っていられない性分で、自らの生き様にも関わり、根本的に改めるのは難しい。これはやっぱりトップ、上司の方の受け入れる度量の有無と人間としての器の大きさが決定的だと思う。

こんなこともあった。病院の大変な困難時に苦楽を共にしたトップに対し、良かれと思って提言した意見がトップの考え方・方針とは異なるものであったばかりか、そのトップそのものへの批判となってしまい、僕はそれが原因で左遷させられ、散々な目に遭ったことが忘れられない。

こちらも未熟なのだが、部下が組織とトップそのものに対して心底心配した上での、身の危険を顧みずに発した意見を聞き入れてくれなかったトップには、残念としか言いようがない。

だが、これが現実だ。部下が必死の覚悟で提案したトップの意向と異なる意見、そしてトップそのものを批判することにもなる意見、つまり諫言を素直に聞いてくれるトップや上司など、滅多にいるものではない

ところが太宗は、これをシステムとして実行した。本当にできることではない。

スポンサーリンク

貞観政要の内容

諫議大夫の魏徴と皇帝である太宗との間で繰り広げられた問答が中心で、ほとんどが太宗への諫言となっているが、その内容の多くは、組織のトップはどうあるべきなのか人民(国民)、あるいは部下の信頼を得て、太平の世を築き上げ、組織の発展を図るためになすべきことは何なのかということに尽きる。

これは皇帝と宰相・諫議大夫など優秀な部下たちとの、一切の忖度なしで語り合った記録である。こんな本は滅多にない。しかも実際に太宗は貞観の治と呼ばれる古今東西でも稀な善政を敷いたのだ。したがって、ここに書かれていることは言葉だけによる理想論ではなく、実際に実行されたものばかりなのである。

1,300年の長きに渡って読み継がれ、古今東西の最高の帝王学、リーダー論の名著と言われている所以だ。

もう少し具体的に内容を紹介すると

かなり長くなってきたので、出口治明の本からタイトルだけを紹介しておく。

「いい決断」ができる人は、頭の中に「時間軸」がある
-「謙虚に思考」し、「正しく行動」する

「思いつきの指示」は部下に必ず見抜かれる
-「信」と「誠」がある人が人を動かす

伝家の宝刀は「抜かない」ほうか怖い
-「チームの仕事」の重要なルール  などなど。

出口さんは本書の最後に、すぐれたリーダーになるためにもっとも必要なのが、「正しく決断する力」と断言し、「帝王学の教科書と呼ばれた「貞観政要」の中に、正しく意思決定をするためのヒントと心構えが集約されていると考えています」と書いている。ここが要だ。

スポンサーリンク

出口さんの解説には少し不満もあるのだが

太宗はあまりにも立派過ぎてとても真似できないし、そこまでの権力も持っていない、と貞観政要で語られる世界は、あまり身近に感じられないかもしれないのが少し難か。

出口治明の解説はいかにも出口さんらしい控えめなもので、もう少し熱く語ってくれればいいのにと僕は思わなくもないが、出口さんの良さはとにかく分かりやすく丁寧なこと

貞観政要で語られていることを、現代の我々に当てはまるとこうなるのではないかというトーンで全体が貫かれているのが嬉しい。1,300年も前の帝王学、リーダー論が、今直ぐに現代の我々の現実場面でも実際に役に立つように紐解いてくれているのが最高だ。

そして、何と言っても出口さんの貞観政要への傾倒ぶりが半端ではないのだ。こう書いている。

「僕は今でも、毎日、太宗に叱られています」というのが、本書の締め括りの言葉なのである。正にタイトルの「座右の書」に偽りはない。

角川文庫のビギナーズ・クラシックスもお勧め

この出口治明の解説と併せて、実際の貞観政要の原文そのものをもっと味わってもらいたいと思う。

そのために一番適切なものは角川文庫から出ているビギナーズ・クラシックシリーズの貞観政要。大阪大学大学院教授の湯浅邦洋さんの解説は出口治明以上に分かりやすく、単刀直入だ。

角川ソフィア文庫のビギナーズ・クラシックス「貞観政要」の表紙。
裏表紙。的を得た簡潔な解説が嬉しい。

 

非常にコンパクトなのだが、中身は相当に濃いので、出口治明の新書と併せて、両方を読んでもらえれば貞観政要の素晴らしさを存分に味わってもらえるだろう。

お勧めの2冊を並べるとこうなる。

 

1,300年も前の中国史上最高の名君の誠実な声に耳を傾けて、自らを律することも非常に価値のあることだと信じて疑わない。現代にも大いに役に立つものだ。

 

☟興味を持たれた方はこちらからどうぞ。


座右の書『貞観政要』 中国古典に学ぶ「世界最高のリーダー論」 (角川新書) [ 出口 治明 ]


貞観政要 ビギナーズ・クラシックス 中国の古典 (角川ソフィア文庫) [ 湯浅 邦弘 ]


貞観政要 ビギナーズ・クラシックス 中国の古典【電子書籍】[ 湯浅 邦弘 ]

スポンサーリンク

おすすめの記事