第5番と第6番の概要について
遂に最後の2曲、第5番と第6番となる。この2曲がまたすこぶる付きの名曲なのである。
第4番で遂に頂点を極めた後、バルトークは更に大きく円熟さを増し、更なる高みを極めることになる。
バルトーク47歳の1928年に作曲した第4番から6年後、1934年に作曲された第5番。バルトークは53歳になっていた。この間に傑作として名高い「ピアノ協奏曲第2番」が発表されている。
この第5番で、バルトークは第4番にも勝るとも劣らない大傑作を世に送った。第4番も第5番もバルトークの弦楽四重奏曲の頂点を形成するが、両曲は良く似ているようでいて、かなり異なるものでもある。
この2曲をじっくりと聴きこむことが、バルトークの弦楽四重奏曲を真髄を楽しむ醍醐味となる。

その第5番から更に5年、第二次世界大戦が始まる1939年に作曲された最後の弦楽四重奏曲が第6番である。バルトークは58歳になっていた。
この曲は、ヒトラーとナチスドイツのファシズムに抗ってアメリカに亡命したバルトークによる故郷ハンガリーへの別離の音楽である。
これがまた素晴らしく感動的な音楽で、僕は熱愛している。
この第5番から第6番に至る間に作曲された曲のラインナップがもの凄い。
「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」「2台のピアノと打楽器のためのソナタ」「ヴァイオリン協奏曲第2番」など、バルトークの名作中の名作が並んでいる。この時期がバルトークの創作力のピークだったことは間違いない。
スポンサーリンク
弦楽四重奏曲第5番 Sz.102
これは名曲である。バルトークの弦楽四重奏曲の最高傑作である。
同じくピークと評価される第4番と相似形と言ってもいいほど、外観は実に良く似ている。どちらも5つの楽章からなり、第3楽章を中心に全体がアーチ構造でシンメトリカルにできているあたりもそっくりだ。
この2曲が甲乙付け難い不滅の双璧となっている。
第4番と同様に、演奏するには極めて高度なテクニックを要する至難の曲と言われている。
第1楽章 Allegro 約7分半
曲が始まるなり、強烈な音の洪水が押し寄せてきて圧倒される感じがある。このあたりも第4番と実に良く似ている。
ノコギリでギリギリ挽くような刺激的な音が次々と襲い掛かってくる。ここでもユニークなのはその激しいリズムにある。
それぞれが民謡に由来するような3つの主題が次々に出現し、激しいリズムを伴いながら、それらが複雑に絡み合いながらどんどんヒートアップしていく様は圧巻だ。正にエネルギーの坩堝と化す。

第2楽章 Adagio molt 約6分半
第4番で第3楽章に現れた「夜の音楽」が、第5番では第2楽章で現れる。これまた妖しいながらも実に美しい音楽。正に静寂を極めた夜のとばりである。
第4番の第3楽章のように極度の緊張を余儀なくされる夜の音楽とは違って、不気味さは否めないというものの、こちらは安らぎを感じることができるだろう。
それでも静けさの中で少しずつ盛り上がっていく緊迫度はバルトークならではのものだ。
しっかりと耳をそばだて聴き入らないと、このデリケートな音楽の良さは分からないのではないか。
スポンサーリンク
第3楽章 Scherzo. Alla bulgarese, vivace‐Trio 約5分
シンコペーションのリズムが実に楽しい。思わず身体が勝手に動き出してくるような貴重な音楽だ。ブルガリアの民族舞曲から取られているという。
激しいリズムに彩られた極めてエネルギッシュなバイタリティに溢れた音楽とはいっても、第4番と第5番とでは随分感じが異なっている。
挑発的、挑戦的、もっと言えば暴力的といった怒りの要素はかなり鳴りを潜めて、誤解を恐れずにいうと激しさの中にも、もっと健康的な明るさがある。これを円熟とみるか後退とみるか、人によって評価は様々かもしれないが、バルトークも50代になって、一皮むけたというか、円熟味を増したことは間違いないだろう。
いずれにしても第4番と第5番という2曲の最高傑作の色合いというか雰囲気、更に音楽的な特徴も異なりながらもいずれも頂点を極めていることは、凄いことだ。

第4楽章 Andante 約5分
弱音のピッツィカートで始まる。
アーチ構造でシンメトリカルに構成されているため、第4番と同様に、聴いた感じはかなり異なるものの夜の音楽だった第2楽章と同じ音素材が用いられている。
ヴァイオリンが実にメローディアスな歌を歌い始めるが、激しいトレモロによってかき消されてしまう。このあたりはかなり刺激的で挑発的な音楽と言っていいだろう。
第5楽章 Finale. Allegro vivace 約7分
この楽章が全体のクライマックスであることは言うまでもない。堂々たる音とリズムの大饗宴が繰り広げられる。思わず身体が動き出してしまうような気持ちの良いリズムに身を任せると、快感を覚える。
ここでも第1楽章との関連が著しい。
終盤、意表を突く手回し風琴(ハーディ・ガーディ)らしきおとぎ話しのような優しいフレーズが現れるが、それもほんの束の間、最後は圧倒的な音の洪水の中で全曲が締められる。
スポンサーリンク
最高傑作の第5番はやっぱり凄い
第5番は本当に魅力的な音楽である。より斬新かつ刺激的という意味では第4番の方に軍配が上るだろうが、大巨匠が自分の才能を遺憾なく発揮して、やりたい放題楽しんでいる余裕さえ感じさせる大人の雰囲気が漂う。
第5番のそんな悠然たる魅力は、6曲の中でも随一のものだろう。
繰り返しになるが、第4番と第5番は本当に良く似ている。どちらも有無を言わせぬ迫力とリズム乱舞の嵐。聴く者の感性を完全にノックアウトしてしまうエネルギーとバイタリティに満ち溢れているあたり、どちらも全く遜色がない。
だが、この2曲、どちらもバルトークの音楽の特徴を出し切った曲でありながら、違いも顕著なのである。

半音階を駆使し、無調音楽に限りなく近づき、徹底的な不協和音をこれでもかと挑発的に迫る挑戦的、戦闘的な第4番に対して、第5番は全音階的で、調性はかなり明確。明快さと簡潔さが際立っている。古典的秩序の回復と呼んでもいいかもしれない。
第4番が暗だとすれば第5番は明。
この2曲をとことん聴きこむことで、バルトークの真価が分かる。
スポンサーリンク
弦楽四重奏曲第6番 Sz.114
祖国ハンガリーへの別離の歌。
この曲は一聴して分かるように、4つの楽章の冒頭の音楽がほとんど同じものだ。それが「メスト」と呼ばれる悲歌で、沈痛な雰囲気に満たされた嘆きの音楽である。
全ての楽章の冒頭約1分間がこのメストで始まる、葬式なような音楽。これはもちろんヒトラーとナチスを嫌ってハンガリーとヨーロッパを離れざるを得なくなったバルトークの別離、告別の音楽であり、この沈痛な響きに涙を禁じ得ない。
ところが、この冒頭のメストを除けば、実はその後には明るい歌が満ち溢れていたり、思わず笑ってしまうようなユーモアにも溢れた何とも魅力的な音楽なのである。
一見、悲しみに満ちた嘆きな音楽のように見えて、実はそればかりではないバルトークの矜持というか、誇りと人間的な大きさを思い知らされることになる。
本当に一筋縄ではいかない大人の音楽がここにある。
スポンサーリンク
第1楽章 Mesto‐Più mosso, pesante‐Vivace 約7分半
先ずは冒頭の「メスト」を見てもらおう。実に哀切感に満ちていて涙を禁じ得ない感動的なものだ。

これが切々と歌われると、思わず胸を締め付けられ、涙がこみ上げずにはいられない。
愛するハンガリーとヨーロッパを意に反して捨てるということは、こういうことを意味していると、つくづく痛感させられる。バルトークにとってどれだけ辛かったことだろうか。
これが4つの楽章全ての冒頭で、必ず奏でられるのである。バルトークの思いの深さがひしひしと伝わってくる。
第2楽章 Mesto‐Marcia‐Animato, molto agitato 約8分
これが非常に魅力的な音楽だ。例の痛切なメストが終わった後、4つの楽器が激しいリズムを刻み込む行進曲のような、刺激的でありながらもちょっと滑稽なパッセージが続いた後、短時間の沈黙が訪れ、いきなり雰囲気が一変する。ちょうど中盤あたりである。
両ヴァイオリンによるトレモロとヴィオラによるギター風のピッツィカートに導かれて、チェロが陽気にジプシーのラプソディー風の気持ちのいいメロディを朗々と歌い始める。その瞬間、身体が幸福感で動き出してしまいそう。ハンガリーのどこかの村の民謡だろうか。
この部分の楽譜を掲載できないのが残念だ。
その後は、中盤の少しぎこちない滑稽な行進曲がまた戻ってくる。
スポンサーリンク
第3楽章 Mesto‐burletta. Moderato‐Andantino‐tempoⅠ 約7分半
こんな切々とした哀感に満ち溢れた音楽なのに、メストが少し長めに1分半ほど続いた後は、いかにもバルトークらしい奇想天外なリズムが襲い掛かってくる。これは第2楽章以上の驚きとなるだろう。
この第3楽章では思わず吹き出してしまうようなユーモアに満ちたパッセージだ。いきなり始まる仰天の「ダサくて笑いを禁じ得なくなるリズム」に、爆笑してしまいそう。
深刻なメストの後に現れるだけに、この派手なギャップが最高だ。悲しみを笑い飛ばしてしまうようなユーモラスな音楽。もしかしたらヒトラーとナチスへのあざ笑い、嘲笑かもしれない。そんな気がしてきた。
それとも、どこかの地方の民族音楽、踊りの音楽なのだろうか。

第4楽章 Mesto‐Più andante 約7分
この終楽章が痛切極まりない最大の嘆きの音楽となる。どの楽章の冒頭部分でも奏でられたメストは、あくまでも序奏であったが、この第4楽章では、メストそのものが全体の音楽になってしまう。
最初から最後までメスト一色に覆われた音楽なのである。悲痛な嘆きの歌が全ての楽器によって、切々と嵩じてくる様は圧巻としか言いようがない。ここにはバルトークらしい激しいリズムもバイタリティも一切ない。ひたすら嘆くだけだ。
バルトークの嘆きの深さと強さが、何よりも良く伝わってくる7分間となる。
そしてこのメスト一色に塗りつぶされた楽章が、バルトークがライフワークとして30年間に渡って途切れることなく作曲し続けてきた弦楽四重奏曲の最後のフレーズとなった。
そう考えると、本当に胸が苦しくなってくる。

スポンサーリンク
バルトークの反骨精神と器の大きさを痛感
この曲が好きでたまらない。第4番と第5番を別格だとすれば、僕は第1番とこの第6番を熱愛している。最も愛着を感じる曲はこの第6番かもしれない。
悲痛さ、沈痛さ、どこまでも深い悲しみの中に身を置きながら、実はそれだけではないユーモア感や意表を突くメロディにも事欠かない。
ナチスへの音楽による抵抗かも
これはもしかしたら、ヒトラーとナチスドイツへの音楽による風刺というか諧謔かもしれない。第2楽章のぎこちない行進曲は、ナチスの破滅への行進を揶揄したものかもしれない。第3楽章の吹き出しそうになるユーモアは、ナチスへの嘲笑とからかいと見て間違いないように思えてくる。
バルトークはそういうことが好きな作曲家でもあった。
いずれにしても、これは人間バルトークの邪悪な権力への反骨精神と、人間の器の大きさを感じさせずにおかない深く、どこまでも人間臭い音楽だ。
これをじっくりと聞き込めば、どうしたってバルトークを好きにならずにいられない。
☟ 興味を持たれた方は、どうかこちらからご購入ください。
ジュリアード弦楽四重奏団のCD(特に1963年の2回目の記念碑的録音、81年の3度目の新録音に対して旧録音と呼ばれている)が廃盤で入手不可能なのは痛恨の極みですが、幸いアルバン・ベルク弦楽四重奏団による演奏は今でも入手可能です。こちらも最高の演奏!
しかも格安で嬉しい限りです。是非とも聴いてみてください。
2,343円(税込)。2枚組。送料無料。
![]()
バルトーク:弦楽四重奏曲全集 [ アルバン・ベルク四重奏団 ]