傑作サイコ・ホラーとの呼び声高いが

昨年(2021年)公開された非常に高く評価されたホラー映画を観た。実におもしろく、僕は最後の最後までハラハラドキドキさせられながら、画面に釘付けとなった。久々に映画を観る醍醐味を味わうことができた。これだけ夢中にさせられた映画も最近では珍しい。

この映画はホラー映画とされており、サイコ・ホラーとかタイムリープの傑作ホラーと言われているが、映画の中盤まで「これのどこがホラーなの?怖いシーンは全然出てこないんだけど」と首を傾げ、不思議に思いながら観入っていた。

終盤は確かに「これでもか」と言わんばかりにいかにもホラーらしいショッキングなシーンのオンパレードとなるが、これはホラー映画という括りでは到底語ることのできないもっと深い内容を秘めた第一級の人間ドラマであった。

この話しは後でゆっくり書かせてもらう。

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映画の基本情報:「ラストナイト・イン・ソーホー

イギリス映画 118分 

2021年12月10日  日本公開

監督・製作・原案・脚本:エドガー・ライト

脚本:クリスティ・ウィルソン=ケアンズ

出演:トーマシン・マッケンジー、アニャ・テイラー=ジョイ、マット・スミス、ダイアナ・リグ、テレンス・トランプ   

2021年第95回 キネマ旬報ベストテン第6位 読者選出ベストテン第10位

 

紹介した映画のジャケット写真
これがジャケット写真。60年代の怪しいロンドンの雰囲気が漂っている。
紹介した映画の裏ジャケット写真。
これが裏ジャケット写真。「驚愕のタイムリープ・サイコ・ホラー!」というキャッチコピーが的を得ている。

どんなストーリーなのか

イギリスの田舎で祖母に育てられたヒロインのエロイーズはファッションデザイナーを夢見ているが、念願かなってロンドンのデザイン学校に入学が決まる。エロイーズはある特殊な「力」を持っていた。死んだ人や過去の出来事が幻影となって見えてしまうのだ。憧れていたロンドンでの新生活が始まるが、寮の同室者は意地悪な性悪で、エロイーズは寮を飛び出してロンドンの繁華街「ソーホー」にある老女の家に間借りをし、一人生活を始めることになる。

その部屋のベッドで寝ると、決まってエロイーズの大好きな60年代にタイムリープし、そこでサンディという歌手志望の少女と一体化してしまう。サンディが歌手として栄光を掴む姿をエロイーズの身体を通して体験していく。サンディは歌と踊りの才能を認められ、小劇場でのデビューが決まっただけではなく、マネージャーとも恋に落ちて、一気に栄光の階段を駆け上がることになるのだが、実は・・・。

やがてエロイーズは夢の中でサンディが殺されるシーンを目撃。現実の世界でも頻繁に恐ろしい幻影を見るようになって、夢と現実が混沌とし、エロイーズの身にも危険が迫る。

サンディとは何者なのか?本当に殺されてしまうのか?精神に混乱をきたしたエロイーズはどうなってしまうのか?

紹介した映画のディスク本体の写真。
ブルーレイのディスク本体。

過去の人物を透視するのか、多重人格者なのか?

エロイーズの持っている特殊な「力」で、過去の事件や死んだ人が見えてしまうという展開なのだが、エロイーズが第三者的に幻影を目撃するというよりも、映画で描かれる夢のシーンは、もっと別の次元。目撃ではなく、その人物に乗り移ってしまう。見ている人物そのものに成り切ってしまうような描写は、真相と実体が良く分からないだけに、余計に観る者を画面に釘付けにする。

エロイーズが鏡を覗くとそこにサンディが映っているというシーンが頻繁に出てくる。つまりエロイーズ=サンディとなって、60年代のソーホーでの出来事を体験していくのだが、そうなるとエロイーズは多重人格者で正にエロイーズとサンディは全くの同一人なのかと思わせるのだが、実はそうではないという、かなり凝った作りとなっているので、注意が必要だ。

エロイーズはやがて精神に混乱をきたして来るのだが、映画を観ている観客は本当に訳が分からなくなる。これが作者のエドガー・ライトの狙いだろうか。ここがこの映画の肝である。

映画の前半はこの才能溢れる二人の若い少女が、一心同体となって共に才能を開花させていく過程を追いかけるので、全くホラーとは思えない。この映画のどこがホラーなのか?二人の少女が一心同体になること自体がホラー現象という意味なのか?だとしたら全然怖くはなく、むしろオカルト、いやSFなのではないか、と訝りながらも画面から目が離せない。

それにしてもその映像処理の見事さというか、映像マジックにビックリさせられながら、先の展開を見続けることになる。

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監督は「ベイビー・ドライバー」のエドガー・ライト

この映画を観始めてすぐに、これを作った監督は相当な実力の持ち主だなと痛感させられる。一目見るなりその才能に驚かされるといった感じなのだ。この人は只者ではない、そう感じさせてくれる監督はそういるものではない。

この作品の監督はエドガー・ライト。数年前に公開されてスマッシュヒットとなった「ベイビー・ドライバー」の監督だ。

僕はこの「ベイビー・ドライバー」を、例のギンレイホールで観たのだが、その激しいカーアクションと音楽の絶妙な使い方に圧倒されたことを良く覚えている。激しいアクション映画でありながら、何ともスタイリッシュなおしゃれな感覚にすっかり魅了されてしまった。あっ、この監督すごいな、と非常に気に入ると同時に、これからの活躍が非常に楽しみな監督となっていたのである。

そのエドガー・ライト監督が「ベイビー・ドライバー」に続いて撮った映画が「ラストナイト・イン・ソーホー」というわけである。さすがというしかない。

何とこの映画は何から何までエドガー・ライトが一人で作り上げたような作品だ。原案も脚本もライト自身であり、製作にも関わっている。この映画はイギリス映画でハリウッド作品ではないのだが、ヨーロッパの芸術映画ならともかく、このようなホラー映画というエンターテインメント性の強い映画で、このような一人4役は珍しい。才人の証と言うべきだろうか。

映像と音楽の扱いが最高の第一級作品

とにかく映像が素晴らしい。映像の魔術が全編に渡って繰り広げられる。

エロイーズが夢の中で、サンディと一体化していくシーンが息を吞む素晴らしさ。本当に画面に釘付けになってしまう。どこまでがエロイーズで、どこからがサンディなのか判別が付かない位に混然一体と二人の少女が融合していく。そこに鏡が実に有効に用いられ、めくるめくような映像体験をすることができる。

特に観応えのあるのはサンディと恋に落ちるマネージャーとのダンスシーン。これはかなりの見ものである。その二人の見事なダンスシーンでもサンディは何時の間にかエロイーズに入れ替わり、しかもそのシーンが例の長回しで撮られているのだ。ワンシーンワンカットの切れめのない長回しで踊り手の女性が入れ替わるという離れ業。本当にビックリさせられる。

もう一点はその色彩の豪華さというか、色彩美に感嘆させられる。非常にカラフルで美しい映像に酔わされてしまう。

そして音楽の取扱いだ。これはもう圧巻。ストーリーの設定そのものが音楽と不可欠になっているのが、エドガー・ライト流。ここでもヒロインのエロイーズが現代の流行曲ではなく、古い60年代の音楽ばかりを聴いている変わった女の子というストーリー設定だけに、60年代のヒット曲、つまりオールディーズがてんこ盛りとなる。ある意味でミュージカル映画なのかと見紛うばかりの音楽シャワーを浴びることになる。これらの選曲も全てエドガー・ライト自身が直々にやっているということだ。

飛びっきりの色彩感覚と映像美。そしてミュージカル並みの音楽の洪水に、観る者は身も心も奪われてしまう。

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ダブルヒロインのトーマシン・マッケンジーとアニャ・テイラー=ジョイが最高

二人のヒロイン、エロイーズとサンディを演じた二人の若手女優がもう絶品である。

エロイーズ役のトーマシン・マッケンジーはどこかで観たことのある女優だなと思っていたら、これもギンレイホールで観た話題のヒトラー映画「ジョジョ・ラビット」のあのユダヤ人少女だ。

独特の忘れ難い雰囲気をを醸し出していたが、やっぱりこういう映画で、確実に頭角を表してくるんだなと得心がいった。

サンディ役のアナ・テイラー=ジョイの方が、更に注目の期待の新進女優のようだ。大ヒットした「シックス・センス」のナイト・シャマラン監督の最新作「スプリット」と「ミスター・ガラス」に立て続けに出演して一挙に注目されたようだ。

この映画の中では「いい役をもらったな」とこれからの活躍が大いに楽しみだ。

二人とも絶世の美女というわけでは決してないのだが、それぞれ非常にキュートでかわいらしく、この映画の魅力を引き立てるのに絶大な貢献をしたと思う。

紹介した映画のブルーレイに特典として同封された4枚のポストカード。
紹介した映画のブルーレイに特典として同封された4枚のポストカード。中央の女性二人がダブルヒロイン。左側がエロイーズ役のトーマシン・マッケンジー。右側がサンディ役のアニャ・テイラー=ジョイ。

 

この何とも魅力的な二人の美少女が映像マジックで渾然一体となって、万華鏡のように頻繁に入れ替わる。これはもう心ときめく最高の映画体験だ。

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若干の不満もあり、貶す人もかなりいるが

昨年度(2021年)公開映画のキネマ旬報ベストテンにおいても第6位と非常に高く評価されたこの映画。そもそもホラー映画がキネマ旬報ベストテンで、ベストテン入りするなんてことは普通は考えられないことだ。

世界中で絶賛された本作だが、一部にはかなり厳しい声もある。好みがあるので、それは仕方がないことではあるが、実は、僕にも若干の不満がある。

映画を観ていて「きっとこうなるんだろう」、「真相はこうに違いない」と期待を込めながらその展開に身を任せていくのだが、ことごとく裏切られてしまう。

それが奇想天外などんでん返しでこっちの推測を遥かに凌駕してくれるのなら文句はないどころか、大歓迎なのだが、そうではなくて、こっちが気になっている重大なテーマに、映画の方がスルーしてしまう。そこだけが残念だ。

観る者をその気にさせておいて、そこには触れてくれないという欲求不満。言ってみれば「肩すかし」されたような気分が、少しだが確実にするのである。この映画を観て抱かせる不満の多くは、きっとその点にあると思われて、残念でならない。

ストーリーの根幹に関わることだけにこの点は残念。ネタバレになるので、具体的には書けないのだが、その点をうまく収めてくれれば、この映画は歴史に残る大傑作、伝説的な名作になったのでないかと思われる。惜しい、実に惜しいと思わずにはいられない。

虐げられた才女の受難と復讐、そして通過儀礼

だが、そうは言ってもこの映画は傑作だと僕は思う。非常に気に入っている。

実は、テーマは最近特に話題になっている時代の最先端を行くものであり、才能に恵まれた若い女性の受難とそれを克服して成長を遂げようとする少女の成長物語なのである。

この映画を単なるホラーと思って観てほしくない。ホラーに名を借りたショービジネス界の闇と男社会への告発と復讐、才女の辛い受難話として評価してほしいと切に望みたい。

「#Me Too運動」そのもの  

そういう意味では、この映画は既にこのブログでも紹介した同じ年の公開作品である「プロミシング・ヤングウーマン」と同じテーマと言っていい。

「プロミシング・ヤング・ウーマン」は、レイプした男どもに対する復讐譚であったが、今回の「ラストナイト・イン・ソーホー」はもっと社会性が深く深刻かもしれない。

これはズバリ「♯Me Too」運動そのものである。能力のある新進女優や歌手に群がった権力を持った男たちの欲望の捌け口

ショービジネス界の闇はどこまで深かったのか。それによって傷つき、商品化されて破棄された、あるいは耐え忍んできた才能ある若い女性たちがどれだけいたことか。

映画というものは、つくづく世相を忠実に反映するものだ、と思わずにいられない。ここ数年、ハリウッドを筆頭とする欧米どころか日本でも話題になっている権力を持った男たちによるセクハラに対する大抗議運動から生まれた作品がこれだ。

正に時代の最先端を行く社会問題に真っ向から挑んだ映画。それをホラーという形をまとって表現したエドガー・ライト始めスタッフの面々に、その表現者としての誇りと気概、男気を感じてしまう。

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それはそれとしてトコトン楽しめばいい

こんな種明かしをすると、少し興醒めかもしれないが、そんな深刻な社会問題やテーマを気にしなくても、これは映画としてトコトン楽しめる作品だ。エンターテインメントとして無条件に楽しめばいい。基本的にはホラー映画だろうが、サスペンスでもあり、何よりも第一級のスリラーだ。SFでもある。本当にワクワクドキドキが止まらなくなる。そして最後はホラーとして目を覆いたくなるような衝撃のショッキング映像が次々と襲い掛かってくる。

難しいことは忘れて、純粋に映画を楽しみ、この映像美とオールディーズの音の洪水に酔いしれてもらうのがいい。

 

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