目 次
半藤一利は対談を盛んに行い、多くが出版されている
今年1月に90歳の天寿を全うした半藤一利さん。100冊以上の名著を残したが、それらの渾身の名著の他に、多くの著名人との対談が出版されている。以前「太平洋戦争への道」という3人による鼎談ものを紹介させてもらったが、1対1の対談本はかなり多い。相手は様々だが、非常に著名な方が多く、それらの名士との対談は実におもしろく、読み応え十分だ。
このところ夢中になってこの対談本を何冊も読んだので、それを1冊ずつ紹介していきたい。
先ずは佐藤優との「21世紀の戦争論~昭和史から考える」だ。
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佐藤優のこと
佐藤優の本は僕のブログの中ではまだ1冊も取り上げていないが、僕は彼が作家としてデビューした直後からズッと読み続けており、かなりのファンを自認している。それは僕のブログ記事の「小説なんか止めて、ノンフィクションを読め!これがお奨め‼️」の中に佐藤優への思いを書かせてもらっている。
あらためて佐藤優のことを紹介しておく。
鈴木宗男事件に絡む背任罪容疑で逮捕され、512日間の勾留をうけた外務省のラスプーチンと呼ばれた男。彼は同志社大学の神学部出身の鬼才で、外交官の道を絶たれた後、突如、ものすごい書き手として論壇にデビューした。以来、今日まで信じられない程の量と質の著作を出し続けている。今では、立花隆同様に知の巨人と呼ばれるが、佐藤優は知の怪物と呼ばれるのがふさわしい。
佐藤優は本当に怪物としか言いようがない存在で、膨大な読書量と知識、その並外れた説得力のある文章力で「右」からも「左」からも一目も二目も置かれる論壇の異端児となった。
僕は彼の本が大好きで端から読破してきた。何を読んでもおもしろいし、読んでみるといつもその膨大な知識と博学、確信を持った見識と筆力に圧倒されてしまう。
佐藤優の魅力は、何と言っても文章が上手く、読み易くて分かり易い点にある。
内容的には旧ソ連が崩壊する姿を現地で目の当たりにしてきた外交官なので、ロシアのこととインテリジェンス(機密情報、諜報)に関しては右に出る者がいない。
毎月2冊も3冊も新刊を出すとんでもない人。ハッキリ言って切りがないので、最近ではもう新刊は買わないし、読まなくなってしまっている。
実は正直に言うと、少しマンネリ化しているように感じるのと、同じ題材を手を変え品を変え、繰り返しているような気が、少ししている。
そうは言っても、佐藤優は必読作家だ。あのいかつい顔つきと醸し出るふてぶてしさで敬遠する向きも多いだろうが、どうしても読んでほしい、読んでもらわなければならない作家である。
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これはどういう本なのか
2015年か2016年に行われた半藤一利と佐藤優の対談を本にしたものである。
対談は約3時間ずつ5回に渡って行われたという。つまり15時間に及ぶ二人の対談をまとめたものだ。その中の一部は、個別に週刊文春や文芸春秋に掲載されたようだが、まとまって出版されたのは今回が初めてのこと。
「21世紀の戦争論」というタイトルには首を傾げたい
このタイトルはいかにも仰々しい。これから起きる戦争について様々な観点から検討し、それを回避する方策なり知恵が書かれているように思えてしまうが、そうではない。サブタイトルの「昭和史から考える」が重要であって、この本はあくまでも昭和史と太平洋戦争の終結前後の話しが中心なので、その点は注意が必要だ。
佐藤優は「はしがき」の最後にハッキリとこう書いている。「私は、昭和史研究の第一人者である半藤一利さんにお願いして、昭和史の中に組み込まれている悪の構造を顕在化させることを本書で試みた。七三一部隊、ノモンハン事件、終戦工作、軍事官僚機構云々」
ということだ。さすがに佐藤優が加わると昭和史がこういう展開になるという、いかにもスリリングにして衝撃的な話しが続々と披露される。
全体の構成を目次で紹介
ズバリ以下のとおりである。
第一章 よみがえる七三一部隊の亡霊
第二章 「ノモンハン」の歴史的意味を問い直せ
第三章 戦争の終わらせ方は難しい
第四章 八月一五日は終戦ではない
第五章 昭和陸海軍と日本の官僚組織
第六章 第三次世界大戦はどこで始まるか
第七章 昭和史を武器に変える十四冊
これを見ると、「21世紀の戦争論」というタイトルが適切ではないことが分かるだろう。これから起きる戦争のことは第六章でのみ取り扱われている。
但し、過去の昭和史を振り返りながら、その一方で、実は「まだあの戦争は未だ過去のことにはなっていない。現在でもその時の負の遺産が脈々と生きている」というのが全体を通してのテーマなので、「21世紀の戦争論」と銘打っても、全く間違っているわけではない。
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終わったはずの戦争が今日でも引きずっている負の遺産を暴き出す
正にこういうことである。
普段あまり目にしない視点であり、非常に興味深い。実際に読んでみて、とにかく驚かされ、おもしろい一方で、実に空恐ろしい本なのである。特に佐藤優の専門であるロシアとの関連で、あまり知られていない驚くべき恐ろしいことが、続々と暴き出される。
日本人なら絶対に知っておくべき事柄でありながら、ほとんど知られていない衝撃の事実の連続にある意味で打ちのめされることになる。
その中のいくつかを紹介しよう。
七三一部隊による細菌戦とミドリ十字
比較的知られていることだが、終戦直前にソ連が満州に侵攻して来たとき、真っ先に証拠を完全に隠滅して逃げたのが七三一舞台であり、また戦後の東京裁判で七三一関係者を戦犯に指名しない代わりに、彼らから情報をを引き出したことは、アメリカ側の記録が開示されて明らかになっている。
その人体実験に関するデータはソ連も欲しがっていて、七三一部隊の複数の軍医をハバロフスク裁判で尋問し、その公判記録が「ハバロフスク公判書類」として出版された。そこには天皇と皇族が戦犯となっているという。
天皇はどこまで知っていたのか。そのあたりが対談を通じて明らかにされていく。
また風船に恐るべき細菌爆弾を載せる計画があって、その真偽を調べて行くと、七三一部隊長・石井四郎の直属の部下で、戦後に大阪のミドリ十字の社長になった内藤良の名前が浮かび上がってきたという。
ノモンハン事件は第二次世界大戦のスタートだった
「ノモンハン事件」は近年、非常にクローズアップされている。半藤一利には、司馬遼太郎が書かないのでその代わりに挑んだという「ノモンハンの夏」という力作が残されているが、この対談の中でノモンハン事件の歴史的意味が存分に語られる。
先ずはこの「ノモンハン事件」の位置づけだ。
昭和十四年(1939年)にモンゴルと満州国の国境紛争を発端に起きた争い。日本では昭和史における一事件という位置付けだが、これは事実上、それぞれを支配下に置くソ連と日本の真っ正面からぶつかった「戦争」であり、第二次世界大戦全体を振り返っても、決定的な意味を持っていたという。
最近ではノモンハンでの戦闘が第二次世界大戦の始まりといえ考え方が浮上し、イギリスの歴史ノンフィクション作家のアントニー・ビーヴァ―の「第二次世界大戦1939ー45」でも同様に唱えられており、ビーヴァ―は「第二次世界大戦は、満州から始まって満州で終わった」と書いている。
戦争は正式降伏調印のあった九月二日まで続いていた
本書の一番の読みどころとは、第四章の「八月一五日は終戦ではない」である。
日本人は8.15の終戦記念日で戦争は終了したと考える人がほとんどだろうが、国際的には9.2のミズーリ艦上での正式降伏調印まで戦争が終わったとは捉えられておらず、これが世界の常識となっている。
ソ連とは九月半ばまで実際に戦闘が続いていた。今日まで北方領土の問題がこじれているのもこのあたりに原因がありそうだと半藤さんは指摘する。
自分の知識のお粗末さと、それ故にノー天気でいられたことに我ながら忸怩たる思いがある。
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「日本民主主義人民共和国」=「北日本」ができていたかもしれない恐怖
日本の終戦を巡っての連合国側、特にアメリカとソ連の駆け引きがものすごい。特にスターリンの思惑と執念が空恐ろしい。
日ソ中立条約を破って終戦直前に満州に侵攻したソ連、すなわちスターリンの狙いと思惑はどこにあったのか。そのあたりを「ソ連が満州に侵攻した日」の著書がある半藤一利とソ連通の知の怪物である佐藤優の対談は、本当に最高の読み物だ。
それにしてもスターリン、恐るべし。どれほど執念深く、恐ろしい男だったのか、二人の対談からあらためて浮かび上がってくる。
その中でも、ヤルタ会談での内容に不満を募らせたスターリンがトルーマンに送った8月16日の手紙の中身が凄い。
ソビエト軍に対する日本国軍隊の降伏地域に、樺太と北海道のあいだにある宗谷海峡と北方で接している、北海道島の北半をふくめること。北海道の北半と南半の境界線は、島の東岸にある釧路市から島の西岸にある留萌市にいたる線を通るものとし、右両市は島の北半にふくめること。
こう要望していたのだ。スターリンの執念以外の何ものでもないと佐藤優。
結局、トルーマンがこの提案に大反対で、スターリンの北海道北半分占領案はひっこめられたが、冗談にしても恐ろしい話と半藤一利。
8月18日(終戦の8.15の後だという点に注意)、ソ連軍が攻撃を仕掛けてきて、21日まで4日間に渡って死闘が繰り広げられ、北方領土四島が完全占領されたのは9月3日のことであった。更に侵攻が続けば北海道の北半分には本当に「北日本」国ができていたかもしれないという。
そんな話しが次々と披露される。
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衝撃を受けること必至の興味深い対談
わずか280ページ強の新書に驚くべきことが満載されている。特に終戦直後の混乱期にどんな戦闘が、どんな思惑に基づいて行われてきたのか。それが今の日本にどれほど強烈な影響を及ぼしているのか。そのあたりが明らかにされる恐ろしくも貴重な1冊。
これは一人でも多くの日本人に読んでいただきたい貴重な1冊と言えそうだ。
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