塩野七生の作品はかなり読んできた

このブログでは一度も取り上げたことがなかったが、塩野七生の本は今までかなり読んできた。僕にとって立花隆や米原万里、吉田秀和のように心から心酔し、好きで好きでたまらないという程の作家ではないが、それでもかなり熱心に読んでいる一人である。

塩野七生といえば何と言っても膨大な長さの「ローマ人の物語」が最高にして最大の作品だろうが、それが完結した後、続けて書いたいわばローマ人の続編である「ギリシア人の物語」に、今、没頭している。

この「ギリシア人の物語」は全3巻で、4年ほど前に完結した。僕はそれぞれが刊行される度に直ぐに買い込んで、その立派な装丁に惚れ惚れとしながら、ペラペラと眺めていたのだが、文量的にも直ぐに読めるものでもなく、結局は直ぐに読むこともなく、何となく積読(つんどく)状態になって今日に至っていた。

歴史ものが好きなのである。しかもヨーロッパの。創作された小説よりも、ノンフィクション、ドキュメンタリーの類いの方がズッと好きなのだ。そうした場合に塩野七生の作品ほどおもしろいものは、そうはない。

紹介した本の表紙の写真
これが表紙の写真。格調の高さが際立つ装丁で、否が応でも読んでみたくなる。
紹介した本の裏表紙の写真
帯に引用された塩野七生の文章が本書の本質を全て語っているかのようだ。

ロシアものから少し離れたくなった

ロシアによるウクライナへの侵略戦争に端を発し、ソ連とロシアに関する本を立て続けに読んできて、それらを全てブログ記事として紹介させてもらって来たが、これだけ暗澹たる思いに駆られ、どうしようもなく落ち込んでしまう中で、急に気分転換を図りたくなったということもある。

そこで飛び込んで来たのが、買い込んであった塩野七生の全3巻の「ギリシア人の物語」。
これがもうめちゃくちゃおもしろかったのである。

先ずは塩野七生の紹介から始めよう。

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塩野七生(しおのななみ)について

「ローマ人の物語」で一躍有名になった塩野七生だが、それ以前からヨーロッパの歴史、特にイタリアの歴史を書かせたらこの人の右に出る人はいないという日本人にして世界が誇るイタリア史の権威。現在84歳になられる。

都立日比谷高校から学習院に進学。以前、テレビの番組で学習院の学生たちに語った本人の話を聞いたところ、元々東大を目指していたが不合格となり、学習院に進んだとのことだった。

塩野七生が在籍していた当時の日比谷高校といえば、その後の凋落した日比谷高校とは違って、東大に毎年200人近い合格者を輩出する超進学校だった。もっともここ数年、日比谷高校はかつて程ではないが、一挙に復活してきて、かつての栄光を取り戻すつつある。ちなみに最新情報、今年(2022年)の東大合格者は65名。64名の麻布を上回り、都立高校の中ではダントツのトップである。どうでもいいことだが、参考まで。

少し脱線した。

塩野七生の公のプロフィール

本書の巻末の著者紹介からそのまま引用する。

1937年7月7日、東京に生まれる。学習院大学哲学科卒業後、63年から68年にかけて、イタリアに遊びつつ学んだ。68年に執筆活動を開始し、「ルネサンスの女たち」を「中央公論」誌に発表。初めての書下ろし長編「チェーザレ・ボルジア あるいは優雅なる冷酷」により1970年度毎日出版文化賞を受賞。この年からイタリアに住む。82年、「海の都の物語」によりサントリー学芸賞。83年、菊池寛賞。92年より、ローマ帝国興亡の歴史を描く「ローマ人の物語」にとりくみ、一年に一作のペースで執筆。93年、「ローマ人の物語Ⅰ」により新潮学芸賞、99年、司馬遼太郎賞。2001年、「塩野七生ルネサンス著作集」全7巻を刊行。02年、イタリア政府より国家功労勲章を授与される。06年、「ローマ人の物語」第XV巻を刊行し、同シリーズ完結。07年、文化功労者に選ばれる。08-09年に「ローマ亡き後の地中海世界」(上・下)を刊行。11年、「十字軍物語」シリーズ全4巻が完結。13年、「皇帝フリードリッヒ二世の生涯」(上・下)を刊行。15年より「ギリシア人の物語」シリーズ全3巻の刊行を開始。

塩野七生の作品の位置付け

実は、塩野七生もその作品も、その位置づけが難しい。歴史家でも、歴史の研究家でもない。作家なのである。作家という言い方が一番無難なのだが、これほどハッキリしない言葉もないのも事実。

小説家ではない。塩野七生のイタリア史を中心とする一連の膨大な作品は、決して小説ではなく、かといって歴史書でもない。

この人の作品を本当に何と読んだらいいのか、いつも少し迷う。歴史書や歴史の本格的な解説書でもない。小説でもないことは書いたとおりだ。歴史エッセイというのが一番適切であろうか。

同じ歴史を書いても、日本史ではあるが、司馬遼太郎の作品はほとんどが小説だ。塩野七生の作品は司馬遼太郎とは全く違う。小説のようなフィクションは微塵もなく、忠実に歴史を辿るが、事実を元に冷徹に説明、解説する歴史書とも異なり、歴史的事実を紹介しながら、出来事や人物への塩野七生の評価や感想を綴っていく、そんなスタイルである。

一方で純然たるノンフィクションやドキュメンタリーに比べると、作者の主観や感想がより強くなっていると思う。

やっぱり、ドキュメンタリーに近い歴史エッセイと呼ぶしかないように思われる。

「ローマ人の物語」について

膨大な著作の中にあって、塩野七生の最大にして最高の作品群が「ローマ人の物語」であることは、誰も異存がないだろう。

1992年から書き始められた「ローマ人の物語」はハードカバー全15巻の大作で、毎年一巻ずつ刊行され、文字通り完成までに15年間を要した塩野七生のライフワークだ。

僕も夢中になって読んだ。全15巻の全てが手元に揃っているが、実は、前半の7冊しか読み終わっていない。

これは古代ローマ史の全体を丁寧に辿った本であるが、塩野七生が「男の中の男」と大絶賛し、惚れ抜いているユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)が全体の頂点。カエサルの章だけで分厚いハードカバーが上・下2冊で、その熱の入れようは尋常ではないくらい。

カエサルが暗殺された後、姪の息子であったオクタヴィアナスがアウグストゥスとして初代皇帝となって帝政がスタートし、古代ローマの「パックス・ロマーナ」と呼ばれる長い全盛期を築き上げるのだが、古代ローマ史としてのおもしろさは、何といってもローマ史前半の民主政時代から帝政が始まるあたりまでなので、それを読み終えて満足してしまった。

そうは言っても、いずれじっくりと全てを読破したいと思っている。

これらは現在、全て新潮文庫となっているが、このローマ人の物語の文庫本は何故か一冊がかなり薄めであることもあって、全体で43冊にも及んでいるのには驚かされる。

カエサルの部分だけでも是非とも読んでいただきたいところだ。

ギリシア人の物語の全容

「ローマ人の物語」が15年をかけて完結した後、8冊もの力作を立て続けに発表した後、塩野七生は再び地中海世界に戻ってくる。それが「ギリシア人の物語」である。古代ローマに先立つ古代ギリシアの歴史を描く、いわば「ローマ人の物語」の続編なのだが、もちろん歴史的には、ローマ人に先駆けるギリシア人の物語である。こちらはハードカバーで全3冊。ローマ人の物語の5分の1の長さとなる。

古代ローマに対してあれだけの大作を書き上げた後の、そのローマ人に絶大な影響を及ぼした古代ギリシア、特に現代の民主主義とも直結する直接民主政を成し遂げ、あれだけ数多の哲学者や自然科学者を量産したギリシア人を、塩野七生がどのように描いてくれるのか、興味が尽きない。

「ギリシア人の物語」全3巻の、それぞれのおよその内容は次のとおりだ。

第1巻はローマとスパルタの勃興とペルシア戦争が描かれ、第2巻はペルシア戦争後のアテネの全盛期を築き上げたペリクレス時代からスパルタとの全面戦争となるペロポネソス戦争、そして最終巻の第3巻はあのマケドニアの英雄アレクサンドロス大王が描かれるという全容。

それぞれが波瀾万丈の歴史絵巻であり、今後は一巻ずつ紹介していきたい。

僕は第1巻を先日読み終わり、現在、第2巻を読み始めているところである。

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「第Ⅰ巻 民主政のはじまり」の基本情報

発行は2015年12月20日。今から約6年半ほど前である。

ハードカバーで、巻末の年表などを含めて353ページ。本文は345ページだ。ハードカバーのしっかりした装丁なので、それなりの厚みがあるが、ページ数はそれほど多くはなく、そんなに長くはない。

紹介した本を立てて写した写真
立てて写すとこんな感じである。それなりの厚みがある。

段落毎に空欄が多いのが読み易さの秘訣

その350ページがすぐに読めてしまう。内容がおもしろいからということが一番の理由だが、実は外見上も非常に読みやすい理由があるのだ。塩野七生の文章というか、文章表記に特徴があって、本文中の段落毎に空欄を設けていることが非常に多く、それが何といっても読み易さを助長していることは間違いない。大体10行毎に1行の空欄が設けられているといった感じだ。3~4行のことも多い。

決して真似をしているわけではないが、僕のブログでも数行毎に改行するだけではなく、できるだけ空欄を設けるようにしている。これは僕に限ったことではなく、ブログやWebの記事はそういう文章表記が多いのだが、普通の書物ではむしろ珍しい。

紹介した本の本文を見開きにして写した写真
こんな感じである。短いものだと3行でその前後に空欄が設けられている。非常に読み易い作りだ。
紹介した本の本文を見開いた写真
こんな感じである。およそのイメージが掴めると思う。

このせいで塩野七生の本はかなり厚いものでも、決してストレスになることなく、非常に読み易く、すらすらとページを捲ることになる。

内容の紹介に入っていこう。

アテネの民主政が整ったタイミングでのペルシアの侵攻

アテネの民主政がどのように始まったのか、非常に分かりやすく紹介、解説してくれる。

世界史を学んだ人なら誰でも知っているソロンから始まって、僭主のペイシ

このクレイステネスが手を尽くして改革を進め、アテナにかなりのレベルの民主政が育って来たそのタイミングで、東の小アジアから絶大な勢力で領土を広げていた古代ペルシア、あのアケメネス朝ペルシアがギリシアに迫ってくる。

塩野七生は、時代的にもう少し早くペルシアがギリシアにやって来たら、とてももたなかっただろうと言う。民主政が育っていたことで、ギリシアは未曾有の国難を乗り切ることができたということだ。

その意味ではギリシアは、人に恵まれ、時もも恵まれたのかもしれない。

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国王レオニダス以下300人が全滅したスパルタ

人類史上、初めての東西決戦(ヨーロッパ対アジア)であるペルシア戦争は約40年以上に渡って展開され、大きく4つの有名な戦いがある。

マラソンの名前の由来となったマラトンの戦い、サラミスの海戦、プラタイアの戦いなど。その中でも非常に良く知られているのが、テリュモピレーの戦いだ。

この名前を聞いて直ぐにピーンとくるのは、世界史に詳しい人だけだろうが、あの映画「300(スリーハンドレッド)」で描かれた悲劇の戦争と言えば多くの方がご存知ではないだろうか。

映画300スリーハンドレットの広告スチール
映画「300(スリーハンドレッド)」の広告スチール写真。

映画「300(スリーハンドレッド)」は確かに非常に印象的な強烈な映画として大ヒットした。スパルタの300人の兵士たちが、国王レオニダス以下全員が一人残らず殺された有名な戦い。レオニダスと300人の兵士が全滅した。

映画で興味を持った方は、是非とも本書でことの真相を知ってほしい。

英雄テミストクレスの活躍ぶり

有名なサラミスの海戦でギリシアを救ったテミストクレスはさすがに良く知られている。これだけ魅力的な人物は、古今東西の歴史の中でも、あまりいないのではないかという傑物である

あの時、あのタイミングでアテネにテミストクレスがいてくれたことで、アテネもギリシアも救われた。先を見通す力があって、企画力にも、リーダーシップにも事欠かず、その信念の強さと抜群の実行力。何といってもその天才的な独創力が傑出している。

そして、あれだけの実績を残しながらも権力に固執せず、サラミスの海戦の大勝利の後はアッサリと身を引いてしまう。

そして、身を引きながらも、その後のアテネのあるべき姿のシナリオを描いて、そのシナリオどおりに後の指導者も育てたという見事さだ。

本当に惚れ惚れとさせられる実に魅力的な人物。

このテミストクレスの活躍を知るだけでも本書を読む価値がある。ちなみにこのハードカバーの表示の石膏像こそ、テミストクレスその人だ。
実にカッコいい。

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ギリシアを救った英雄達のその後の運命に唖然

ネタバレになるから詳しくは書けないが、と言ってもこれはノンフィクションであり、歴史的事実なのだが、この一連のペルシア戦争で各都市国家(ポリス)はもちろんギリシアそのものを救った英雄たちのその後の運命というか、軌跡が想像を絶する展開で、ただただビックリだ。

あのテミストクレスも、プラタイアの戦いで奇跡的な勝利を獲得したあまり知られていないスパルタの英雄パウサニアスも、何というその後の運命なんだろう。

特にスパルタのパウサニアスの運命は、あり得ない。
えっ?!嘘だろうって、誰だってこんな展開には絶句だ。唖然茫然。信じられない。
こんなにすごい救国の英雄だったのに、世界史の教科書にその名前が出てこない理由に、ようやく得心がいった。

ギリシアを救ったパウサニアスが、その後どうなったのかは読んでみてのお楽しみ。
世界史が好きな人なら誰でも知っている英雄テミストクレスの最後も、まるで知らなかった。これまた絶句もの。空いた口が塞がらない。

人間ドラマは何ともおもしろく、興味が尽きない。興奮を抑えられなくなるだろう。

塩野七生の文章について

塩野七生の文章はあまり好きではない。読みやすくて、分かりやすいのはいいが、名文とは言い難いと思っている。

特に、接続詞の用い方に時に首を傾げたくなることが多い。えっ!?ここは逆接か?変じゃないか?と思わせることがかなりあって、戸惑わさせる。
感覚がズレるというか、流れが阻害されてしまう。もしかしたら、僕の方に問題があるのかもしれないが、多分違う。

立花隆や米原万里、吉田秀和を読んで同じようなことを感じることは、全くないから。

そうは言っても、塩野七生は、時にドキッとするくらいに心の中に突き刺さってくるような物事の本質に鋭く切り込む文章を書くことがある。

それは特に人物の評価に端的に現れる。塩野七生は人の本質を極めて短い言葉で言い表すことに特別な才能がある人だと言ってみたくなる。

これは一例だが、ペルシアとの一大決戦を前にしたテミストクレスを評して、

『テミストクレスは、目前に迫った課題、侵攻してくるペルシア軍に対してどう迎え撃つか、しか考えていなかった。ただし、目前の課題の処理が本質的なものであった場合、それが「百年の計」につながっていく例は、歴史上ではしばしば見られる現象ではあるのだが」

あるいは、こんな短いものもある。

『他の人には思いもつかないことばかりをやり、それでいて実績はあげてきたテミストクレス』云々。

その時の感動と感銘が強烈であり、それと出会うためにも、一字一句しっかりと読むことになり、結局は塩野七生から離れられなくなってしまうのだ。

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ペルシア戦争の顛末には興味が尽きない

この本は本当におもしろく、時の経つのを忘れて読み耽ってしまう。

ペルシア戦争もかなり悲惨な戦争だったが、いかんせんもうちょうど2,500年も前の出来事である。

今のロシアのウクライナの侵略戦争のように今、目の前にある戦争とは全く違って、歴史的な史実として興味深く読むことができる。

ワクワクドキドキが止まらなくなるおもしろさに溢れている。

これは多くの人に読んでいただきたい。古代ギリシアの歴史をあまり詳しく知らない方でも、塩野七生が非常に分かりやすく懇切丁寧に案内してくれるし、とにかくその塩野七生の手によって、我々読者は一挙に紀元前480年代、今からちょうど2,500年も前の古代ギリシア、民主政の原点の時代に連れて行ってもらえるのだ。これを体験しない手はないだろう。

古代であっても人間の営みは一緒

そしてこれだけ大昔の話であっても、そこに登場する古代の英雄たちも、同じ人間。現代の我々と同じように怒り、悲しみ、仲間を守ろうと、国を守ろうと、必死で対応する姿には何の違いもない。

そればかりか、人が人を動かす極意、リーダーシップの在り方などは、何ら変わることなく、この一冊は古代を描きながらも、組織の改革や変革、国家や組織の生き残りをかけて戦略や戦術を考え出すことの重要性など、現代の我々が読んでも、実に参考になりそうなヒントが満載だ。

塩野七生ならではの物事の本質を鋭くえぐる言葉を一つ紹介すると、こんなものがある。マネジメントに活かすことができそうな金言だ。
「一つの目的の達成のみを考えて完璧になされたことは、他のどの目的にも応用は可能となる」

塩野七生の歴史エッセイがこれだけ多くの読者を集めるのも、その辺りが最大の魅力なのではないか、と改めて痛感させられた。

本当におもしろい本。こんなにおもしろくて、役に立つ本を読まないなんて、もったいない。騙されたと思って是非読んでほしい。

 

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