目 次
サム・メンデスが映画への愛を込めた感動作
これは本当に素晴らしい映画だった。人間と映画への愛に満ち溢れた至高の名作と言っていい。
脚本と監督は僕が大好きなあのサム・メンデスだ。この熱々たけちゃんブログでも前作の「1917 命をかけた伝令」を取り上げている。
あの驚嘆すべき映画全編を通じての長回し、ワンカットをやってしまったとんでもない映画だったことはまだ記憶に新しい。
名作ばかりを撮り続けているサム・メンデスの「1917 命をかけた伝令」に続く待望の新作がこの「エンパイア・オブ・ライト」というわけだ。
やっぱり、とんでもない映画だった。サム・メンデスには毎度、舌を巻かれるばかりだが、今回もまた期待を裏切らない素晴らしい出来栄えで、嬉しくなってしまう。
しかも、この映画は薄っぺらくないのだ。深いところで感動させられる。この世にある様々な許しがたいこと、苦しいこと、辛いこと、それらの全てが描かれた上で、特上の感動に包まれてしまう。稀有な名作というべきだろう。
ラブストーリーではあるのだが
テーマは男女の恋の話し。ラブストーリーである。
だが、そのラブストーリーの設定が、どれだけ変わっていることか。
典型的な、いわば古典的な恋愛もの「ボーイミーツガール」ではないのである。
非常に屈折した一筋縄ではいかない男女の恋愛模様が、映画館を舞台に描き出されていく。
この変った男女の恋の顛末が、映画への深い愛と融合しながら描かれるに至って、映画ファンの我々の魂は深く揺り動かされてしまう。
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舞台は80年代のイギリスの老舗映画館
先ずは時代設定が重要だ。
舞台はアメリカではなく、1980年代のイギリス。あの鉄の女サッチャーが首相を務めていた時代である。
その海辺の町マーゲイトにあった老舗の映画館で働くスタッフたちが主人公。
この映画館で働くスタッフには、様々な社会的弱者と差別と偏見で蔑まれる人々が集まっていた。
そこで生まれたいびつな恋の顛末が描かれるのだが、その設定が変わっているのだ。
そうすることで、様々な社会の歪みや人々の苦しみがハッキリと炙り出されることになる。
ヒロインは心に暗い闇を抱えた中年女性
映画館のベテランマネージャーの中年女性は、暗い過去とある疾患とで、心に深い闇を抱えていた。
彼女が、映画館に後輩として入ってきた新人の黒人青年を教育しているうちに、いつの間にか二人は恋に落ちるという設定なのだが、年齢は親子以上に離れていて、80年代のイギリスにこんな人種差別があったのかと驚かされる程の黒人への激しい差別が襲い掛かってくる。
ヒロインの抱える心の闇は、表面的には分かりにくいのだが、やがて少しずつ明らかになってくる。
そんないかにも不釣り合いな問題ばかりを抱えた2人のぎこちない恋の行方が、映画館を舞台に描かれる。
映画ファンにはたまらない設定だ。
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映画の基本情報:「エンパイア・オブ・ライト」
イギリス・アメリカ合作映画 113分(1時間53分)
公開
2022年12月9日 アメリカ
2023年1月13日 イギリス
2023年2月23日 日本
監督・脚本・製作:サム・メンデス
出演:オリヴィア・コールマン、マイケル・ウォード、コリン・ファース、トビー・ジョーンズ、ターニャ・ムーディ、トム・ブルック、ハンナ・オンスロー 他
撮影:ロジャー・ディーキンス
キネマ旬報ベストテン 2023年外国映画ベストテン第8位 読者選出外国映画ベストテン第8位
どんなストーリーなのか
既に触れたとおりだが、80年代のイギリスの海辺の町マーゲイトにある老舗の映画館でマネージャーを務めるヒラリーは、責任ある仕事をこなしていたが、支配人に連日のように性行為を強いられるなど酷い職場環境に加え、心に深い闇を抱えていた。
そんなところに大学進学への夢を絶たれた若い黒人青年のスティーブンが入ってくる。勤務態度が悪いスティーブンを厳しく指導する中で親交を深めた2人は、人種も異なり、年齢も遥かに離れていたが、いつの間にか恋に落ちる。
この恋の成就に様々な試練が待ち構え、2人は思わぬ苦境に追い込まれて行くのだった。
2人の将来はどうなるのか?そもそもヒラリーが抱えていた暗い過去の真相と心の闇は何だったのか?
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辛い人生を生きるヒラリーに共感できるか否か
この映画の登場人物の中で最も重要な人物が中年女性のヒラリーであることはもちろんだ。
上司から日常的にSEXを強要されながらも、模範的に仕事をこなす真面目な人物に見えるが、実は心の中に深い闇を抱える錯綜した人物であるヒラリー。
この映画は言ってみれば、そんなヒラリーの再生の物語だが、彼女の感情の振幅があまりにも激しくて、ヒラリーに共感できるかどうかが、この映画の好き嫌いに直結てしまう。
見ていてかなり痛々しく、辛いものがある。
オリヴィア・コールマンの圧倒的な演技
そんな実に難しい役どころを演じたのは、オリヴィア・コールマン。アカデミー主演女優賞を獲得したことのある名女優である。
本作でも、感情の振幅の激しい難しい役どころを実に見事に演じている。彼女の卓越した演技には本当に圧倒されてしまう。
だが、それとヒラリーという人物に深く共感できるかどうかは別の問題だ。
僕自身は少し抵抗があった、と正直に告白しておく。
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黒人青年のスティーブンが絶品
僕はむしろ、ヒラリーが恋に落ちる若い黒人青年のスティーブンの方に、よっぽど共感を覚えた。
彼は非常に好感を覚える青年だ。そんな彼が全編を通じてずうっと苦しみ続け、最後には大惨事に巻き込まれてしまう。
それがこの映画のもう一つ大きなテーマである。
80年代のイギリスがこんなにひどい社会だったということに、驚きを隠せない。
演じるマイケル・ウォードが素晴らしい
僕はマイケル・ウォードという俳優のことはまるで知らなかったが、実に素晴らしい。
ルックスも抜群で、僕はこの映画を観て、すっかり彼のファンになってしまった。これからドンドン活躍することになるだろう。
監督、脚本のサム・メンデスのこと
監督・脚本(本作では製作も)のサム・メンデスは、今の若手監督の中で、僕が最も注目し、尊敬して止まない監督の一人だ。
サム・メンデスが監督した映画は残らず観ているが、全てが超一級の名作、傑作ばかりである。これだけの質の高い作品を撮り続けている監督は、全世界を見渡してもそうはいない。
代表作を振り返ると、いきなりアカデミー作品賞と監督賞を獲得した「アメリカン・ビューティ」で颯爽と現れたサム・メンデスは、その後も「ロード・トゥ・パーディション」で、極めて完成度の高いマフィア映画を撮り、従来までの007を遥かに凌駕する2本のボンド映画を作った。「スカイフォール」と「スペクター」だ。
そして何と言っても度肝を抜かされたあの「1917 命をかけた伝令」となる。
あの驚異的な長しで、僕はますますサム・メンデスに夢中になってしまった。
あれだけの労作を作った後、さすがに疲弊したのか、新作がしばらく出て来なかったが、こうして素晴らしい名作をまたそのラインナップに加えてくれたことは、熱心なファンとしてはこれ以上嬉しいことはない。
その傑出した映像美と、どの作品にも常に何らかのハンディを背負いながらも奮闘する人物が登場し、その一筋縄ではいかない人物の造形に引き込まれてしまう。
正に大人の鑑賞に耐える奥の深いドラマが多い。基本的に徹底した娯楽作品である007でも、それを貫いてしまうメンデスの真摯な創作に、いつも感動させられてしまうのである。
今回は、特に社会の歪みの中でメンタルを病む孤独な中年女性と、理不尽な人種差別に苦しむ青年という、組み合わせとしては異色中の異色の中で展開される二人の試練を、実に鮮やかに描き切った。
そんな難しい設定に、何とあらゆる映画ファンの心を鷲づかみにするたまらない映画愛を被せてきた。
「やられた!」思わずそう声をあげそうになった。
「映画で救われる苦悩する魂」といった趣きなのだ。
それでいて、全体的なトーンとしては、決して暗くならない。
深刻なテーマが描かれるのに、それほど悲惨な印象は残さず、最後に残るのは爽やかさと心温まる幸福感であるところが、何とも嬉しい。
感動必至の至高の名作というしかない。
この脚本を書いたサム・メンデスの人間を見つめる深い共感の眼差しに胸が熱くなる。
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撮影のロジャー・ディーキンスに大喝采
この映画を撮影したロジャー・ディーキンスに注目してほしい。世界で最も有名な最高の撮影監督の一人である。イギリス人である。
ディーキンスは世界のトップクラスの著名な映画監督とタッグを組むことが多い。
何と言ってもあのコーエン兄弟の作品。ほんの数本を除いて、ほとんどロジャー・ディーキンスが撮影している。
後は、ドゥニ・ヴィルヌーブと今回のサム・メンデスである。
サム・メンデスも、一部の作品を除いて、ほとんどがロジャー・ディーキンスが撮影監督を務めている。
あの度肝を抜かれる驚異的な長回しの「1917 命をかけた伝令」ももちろんそうだ。
この「1917 命をかけた伝令」で念願のオスカー(アカデミー撮影賞)を獲得。その前に撮影したヴィルヌーブの「ブレードランナー2049」に続く快挙となったが、アカデミー撮影賞にノミネートされたのは、もう数え切れない。
ちなみに、今回の「エンパイア・オブ・ライト」もアカデミー撮影賞にノミネートされた。惜しくも受賞は逃している。
息を飲む映像美の数々
本当にこの映画には息を飲む類い稀な美しい映像がふんだんに出てくる。これがロジャー・ディーキンスの力というものだろう。
映画の撮影はこうあるべきだという教科書のような映画と言ってもいいかもしれない。
数え切れないほどの名画を撮り続けてきたディーキンスももう74歳となる。確かに高齢にはなったが、まだまだ頑張ってくれることだろう。これからの更なる活躍が本当に楽しみだ。
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心に染みる音楽が絶品だ
この映画でもう一つこころに残るのは、そのしみじみとした音楽にある。
開幕早々に静かに鳴り響いてくるピアノの調べにうっとりとさせられる。
いかにもセンスがいい。これを聴くだけで、これから先に味わうことになる幸福感が如実に伝わってくるようだ。
繊細にしてデリケートな映画だけに、この控えめなしみじみとした音楽がいかにもマッチする。
いい趣味だなあと感嘆してしまう。
最後は溢れ出る映画愛に胸が一杯に
そして最後は溢れ出る映画愛に胸が締めつけられ、込み上げる幸福感と熱い涙に頬を濡らすことになる。
苦悩に満ちた悩める恋人たちの心を潤すのは、彼らの職場。映画だった。
この描かれ方がまた絶品。
非常におもしろいと思うのは、彼らの職場は老舗のかなり立派な映画館なのに、ヒロインであるマネージャーのヒラリーはほとんど映画を観たことがないという人物なのである。
若い恋人は、「潜り込んで観ればいい」と勧めるが、潔癖で正義感の強いヒラリーはそういうことができず、映画館で働いているのに、映画を観たこともなければ、何の知識も持ち合わせていないのだ。
そんな彼女が遂に・・・。
これは実際に観ていただくしかない。
映写室を巡る映像は、溜息が出るほど美しく、映画というものの崇高さが否が応にも伝わってくる。
光の芸術である映画の本質を、ここまで伝えてくれる映画はなかった。
あのトルナトーレ監督の稀有の名作である「ニュー・シネマ・パラダイス」を彷彿とさせるが、シチュエーションはかなり異なっていて、これはこれで実に素晴らしいと心からの賛辞を送りたい。
サム・メンデスの映画愛が痛いほど伝わってくる。
映画ファンにはたまらない映画となることは間違いない。一人でも多くの方に観ていただきたい新たな名作の誕生である。
観逃すなかれ!
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