(第1部からの続き)

目  次

1980年代~(5本)(10本目~14本目)

⑩ バグダッド・カフェ完全版 監督:パーシー・アドロン (108分) 1987年 

 これがまた屈指の名作。これはドイツの映画で、1960年代から80年代にかけてドイツにはライナー・ヴェルナー・ファスビンダー、フォルカー・シュレンドルフ、ヴェルナー・ヘルツォーク、ヴィム・ヴェンダーズなど優れた映画監督が続出して「ニュー・ジャーマン・シネマ」という一大ムーブメントを引き起こした。このパーシー・アドロンも遅れてやってきたその一人で、この「バグダッド・カフェ」はミニシアターで上演されて大評判となり、ミニシアター全盛の引き金を作ったことでも有名なニュー・ジャーマン・シネマの名作の一本だ。

  アメリカの砂漠地帯にあるうらぶれた客っ気も何もない喫茶店とモーテルを備えたガソリンスタンド「バグダッド・カフェ」に、ひょんなことからドイツからやってきた太ったおばさんが関わることで、やる気も何もなかったスタッフたちがいつの間にか変わっていく姿を描いた映画。

 とにかくドイツ人のデブおばさんジャスミンが善良な心の持ち主で、周囲を変容させていく姿に感動を覚えずにいられない。人間っていいな、人と人との出会いっていいなとしみじみと思わせてくれる映画。観ていてこんなに幸せな気分になれる映画も稀だ。人生に疲れてしまった人、やる気をなくしている人、更に癒しを求めている人は、これを観れば生涯忘れ難い最高の映画との出会いになること間違いなし。騙されたと思って観てほしい。人間は変わることができる。人との出会いは何物にも代えがたい貴重なものだと痛感させられる。

⑪ ピアノ・レッスン 監督:ジェーン・カンピオン (121分) 1993年

 名作が続く。これは女流監督のジェーン・カンピオンとニュージーランド映画を一躍世界に知らしめた当時大変に話題になった作品だ。1993年のカンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールを獲得したばかりか、アカデミー賞でも主演女優賞(ホリー・ハンター)、助演女優賞(アンナ・パキン)、脚本賞と3冠を獲得。日本でもキネマ旬報ベストテンで見事ベストワンに輝いている。

 非の打ちどころのない名作中の名作ということになるが、実はかなり特殊な映画で、万人向けの映画ではないので少し注意が必要だ。口の聞けない母と娘を演じた母子二人の演技が絶賛されて共にオスカーに輝いたのだが、かなり刺激的な官能シーンもあり、子供にはとても観せられない。家族で揃って観ることもできない映画なので、その点は注意してほしい。

 これは身売り同然にニュージーランドの新興富裕層に嫁いだピアノが身体の一部となっているような口の聞けない女が、夫の部下の現地人に帰化した元イギリス人の野蛮な男と道ならぬ恋に落ちる話し。そこにピアノが何とも微妙に絡むのだが、それは観てのお楽しみ。色々な意味で感動させられる素晴らしい映画ではあるのだが、ネタバレになるので触れられないことが残念。僕は恋に落ちた主人公二人以外の人物に感銘を受けたとだけ言っておく。

 名作には違いないだろうが、全世界で大絶賛を受けるほどの作品なのか、少し疑問を感じているのが本音である。

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⑫ イル・ポスティーノ 監督:マイケル・ラドフォード (108分) 1994年

 これはまごうことなき名作中の名作。子供と一緒に家族揃って安心して観ることのできる感動作だ。ノーベル文学賞も獲得した実在のチリの詩人にして政治家のパブロ・ネルーダが反政府活動で祖国チリを追われてイタリアのナポリ湾に浮かぶ小さなカプリ島に亡命していた実話に基づくオリジナルストーリー。95年のキネマ旬報ベストテンで、これまたベストワンに輝いている。

 全世界からファンレターと支援の手紙が届くネルーダに手紙を届けるためだけに郵便配達員として採用された地元の無学な男が、毎日手紙を届けているうちに大詩人といつも間にか心を通わせることになり、詩にも目覚めて、詩人の影響を受けながら成長していく姿を描く。2人の友情と男の恋人のエピソードも感動的で、これは本当に素晴らしい映画。

 主人公を演じたマッシモ・トルイージは本作で脚本にも関わっている俳優、脚本家、映画監督なのだが、持病の心臓病が悪化して、撮影にはドクターストップがかかっていたのだが、執念で出演し続け、完成直後に亡くなったという信じられないような悲しいエピソードがある。そのこともあって、この映画の感動は嫌が上にも盛り上げる。これはどうしても観てほしい一本だ。 

⑬ ロゼッタ 監督:ダルデンヌ兄弟(リュック・ダルデンヌ、ジャン=ピエール・ダルデンヌ) (93分) 1999年 

 ベルギーが誇る映画監督ダルデンヌ兄弟がカンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールを受賞した作品だけに非常に楽しみに観たが、僕としてはとても高く評価できる映画ではなかった。カンヌのパルムドールやグランプリは、その年の審査員によってたまにこういうことがあるので、注意が必要だ。いくら何でもこの映画がカンヌでパルムドールはないだろう。もらった方も驚くどころか、困ったのではないか。パルムドールなどという華やかな賞には相応しくないいかにも小ぶりの控えめな作品。

 物語は極貧で日々の食べるものにも事欠く少女が、やっと見つけた職場をいつも首になってしまうばかりか、車のトレーラーで一緒に暮らしているアル中の母親にも手こずって、職探しと食料確保に来る日も来る日も駆けずり回る地獄のような日々をまるでドキュメンタリーのように描く映画である。心も荒んできて大切な人にまで酷いことも平気でやってしまう。

 ベルギーというヨーロッパの先進国でこんな救い難い貧しい生活を余儀なくされる実態があることに衝撃を受ける。観ていて、あまりにも救いようがなくて心が滅入ってくる。何とかならないのか。他に方法がないのか、とやり切れない思いに苛まれてしまう。長回しの多用と言われているようだが、それこそ家庭用のビデオカメラでド素人のお父さんが被写体をひたすら追いかけてカメラを振り回しているとしか思えないようなカメラワークで、僕にはダメだった。意識的にやっていて、そうすることで主人公ロゼッタの切迫した心理状況を描いているとの評を読んだが、本当にそうだろうか。僕には苦痛なだけだった。

 テーマはいいし、この悲惨な少女に同情もし、この社会をどうにかしなければならないと問題意識には目覚めるが、この映画がパルムドールを獲得することにはどうしても納得できない。この作品を支持するという方とトコトン議論したいと切に思う。映画ファンの皆さん、どうか異論を寄せてほしい。

⑭ 初恋のきた道 監督:張芸謀(チャン・イーモウ) (89分) 1999年

 これぞ名作中の名作。張芸謀(チャン・イーモウ)の代表作にして主演のチャン・ツィイーが世界的に大ブレークするきっかけになった有名な映画だ。中国のとある村の村民の絶大な尊敬を集めた教師が亡くなり、その息子が葬儀のために帰村して来る。そこで亡き父と母との切ない恋、村でも評判になった世紀の自由恋愛が浮かび上がってくる。

 とにかく何とも新鮮な素朴の恋が観る者の胸を打つ。チャン・ツィイーの愛らしさが絶品。特に彼女が恋する相手の先生が初めて彼女の家を訪ねて来た時の、愛苦しいばかりの笑顔が脳裏から離れなくなる。観る者全てを釘付けにする絶品の笑顔。この笑顔だけでチャン・ツィイーは世界の恋人になった。心を洗われる素晴らしい映画。これは何としても観てほしい。

2000年代~(15本目~22本目まで)

⑮ パニック・ルーム 監督:デヴィッド・フィンチャー (112分) 2002年

 あの「セブン」で世界に衝撃を与えたデヴィッド・フィンチャー監督は、今やクリストファー・ノーランと並ぶ世界の映画シーンをリードする鬼才中の鬼才。「ファイトクラブ」「ゾディアック」「ソーシャル・ネットワーク」など作る作品はことごとく傑作ばかり。そのフィンチャーが「ファイトクラブ」と「ゾディアック」の間に作ったこの映画がおもしろくないわけがない。他の傑作に比べると少し小粒感が否めないが、最初から終わりまで緊張が途切れることなく観る者を画面に釘付けにする。

 新しく豪邸を借りたばかりの母娘が、その豪邸に隠されている膨大な財産を盗みにきた一族と対決するパニックスリラーだ。その豪邸には一度入ったら外からはどうやっても破れないパニックルームがあって、そこに逃げ込むのだが、隠し財産もそのパニックルームに隠されており、守るものと責める者との手に汗握る駆け引きとサスペンスに時の経つのを忘れてしまう。主役のジョディ・フォスターの体当たりの熱演が圧巻。そしてフィンチャーの緊張感を強いる演出が見事の一言。

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⑯ 月に囚われた男 監督:ダンカン・ジョーンズ (97分) 2009年 

 これは小粒ながらも非常に良くできた謎に満ちたSF映画。手塚治虫の「ザ・クレーター」や「空気の底」などのミステリアスな傑作SF短編に近い世界だ。登場人物は極めて限られていて一人芝居の感があるが、その主役を演じるのはあの「スリービルボード」の悪役警官役を演じた僕の大好きなサム・ロックエル。3年間たった一人で月に滞在する男の孤独感を絶妙に演じる。

 事故に遭って気を失った後、目覚めると自分にそっくりのもう一人の男が現れるという謎めいた展開に思わず引き込まれてしまう。監督はあのデヴィッド・ボウイの長男だという。一部のSFファンにしか知られていない作品だが、一見の価値はある。ここから受ける感動は決して大きくはないかもしれないが、いつまでも尾を引く忘れ難いもの。そんな特別な感動に包まれる。

⑰ ミッドナイト・イン・パリ 監督:ウディ・アレン (94分) 2011年 

 ウディ・アレンは一時の低迷時代を脱出し、最近は第2の最盛期というか、小粒ながらも非常にセンスの良いオシャレな映画を確実に発表してくれるようになった。そのきっかけになったのがこの作品ではないだろうか。この作品を作った時点で76歳なのだから脱帽だ。今年は86歳になるが、益々磨きのかかった素敵な映画を作り続けており、本当に驚嘆するしかない。ちなみにあのクリント・イーストウッドはウディ・アレンよりも更に5歳年上で、今年は91歳となる。このお二人にはもう称賛の言葉しか思いつかない。

 ハリウッドの脚本家として名声を得ている主人公が、小説家になることを夢見て婚約者と一緒にパリにやって来るのだが、そこで憧れのヘミングウェイやピカソなど錚々たる天才たちに遭遇するという不思議な体験をする。どうやら1920年代にタイムスリップしたらしい。そこで悩める彼が取った行動と選択した生き方は?実際にはあり得ない大人のファンタジーなのだが、観ていてとても幸せな気持ちになれる。何だか妙に忘れがたい映画で、これぞアレンマジックか。この世界に身を委ねてみるのはどうだろうか。

⑱ ドライヴ 監督:ニコラス・ウィンディング・レフン (100分) 2011年

 これはあの傑作ミュージカル「ラ・ラ・ランド」の主役、ジャズピアニスト役のライアン・ゴズリングが注目された映画で、ゴズリングのファンである僕としては前々から観たくてたまらない映画だった。カンヌ国際映画祭で監督賞も受賞している話題作で、観る前から心が浮き立つ。そして、実際に観てみると、一発で心を鷲掴みにされてしまった。実に観応えのある素晴らしい映画。主演のゴズリングはもちろん最高に良かったが、この映画の主役は監督だ。映画の演出、そのスタイリッシュにして歯切れの良い映像は監督の奇才ぶりを見せつける圧倒的なものだった。ニコラス・ウィンディング・レフン。中々覚えにくい名前だが、何とデンマーク出身の映画監督。デンマークの映画監督というと、「裁かれるジャンヌ」を作ったモノクロ時代の天才、カール・ドライヤー(ドライエル)がいるが、こんな逸材が出現したことに驚きを禁じ得ない。これは見事な傑作。一人でも多くの方に観ていただきたいと切に願う。

 物語は単純だ。銀行強盗の実行犯をその抜群の運転技術で逃がしてやるという裏稼業をやっているおとなしい自動車整備工のゴズリングが、たまたま知り合った少年と母親に心を通わせ親しくなるのだが、その夫(父親)は刑務所に収監されていた。出所してくるのだが、そこでも面倒をみたゴズリングは思わぬ事件に巻き込まれ、本人はマフィアから命を狙われることになる。少年と母親、そして自らの身を守るために単身立ち向かうのだが・・・。ゴズリングの凄まじいばかりの孤独な戦いを鮮烈に描き出す。これは「シェーン」の現代版だと思えばイメージできるだろう。自分と心を通わせた知り合いを守るために戦うのだが、それが半端なく強く、ある意味でそこまでやるのかというぐらいに相手を抹殺していく。それが寡黙で優しい表情のゴズリングに似つかわしくなく、実はそのギャップが最高なのである。そしてその壮絶なアクションの鮮烈にしてスタイリッシュな映像にしびれてしまう。強烈な印象を残すとてつもない傑作だ。

⑲ パッション 監督:ブライアン・デ・パルマ (101分) 2013年 

 昔からブライアン・デ・パルマのことが大好きだった。ヒッチコックの後継者と目された映像の魔術師で、「キャリー」「殺しのドレス」「愛のメモリー」「アンタッチャブル」など傑作が目白押しだ。さすがに年を取って最近は新作を観ないなと思っていたところ、この映画にたどり着いたという次第。「パッション」というとメル・ギブソンが監督したイエスの受難を描いた作品が有名だが、デ・パルマの方はほとんど話題にならなかった埋もれた作品だ。

 やり手のキャリアウーマン二人が、相手を出し抜こうとあらゆる手段で葬り去ろうと画策する怖~いサスペンス。定番のどんでん返しも健在で、僕はそれなりに楽しめたが、残念ながら往年の輝きは失われ、パーツパーツの残骸だけを楽しむことになる。デ・パルマのファンには是非観ていただきたいが、どうだろうか。

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⑳ LUCY/ルーシー 監督:リュック・ベッソン (89分) 2014年 

 リュック・ベッソンと言えば「グラン・ブルー」と「レオン」に尽きる。他にも「ニキータ」「ジャンヌ・ダルク」「フィフス・エレメント」など話題作はあったが、ベッソンは近年は主にプロデュースと脚本に回っていて、自身で監督をすることはめっきり減ってしまったことは本当に残念だ。そんな中で、久々に自分自身で監督を務めたのがLUCYだ。

 裏社会の麻薬の密売に心ならずも巻き込まれたルーシーが、身体に埋め込まれた超高性能の新種の麻薬が体内に回り、脳の働きが限界にまで発達し、人間を超えた特別な存在に進化を遂げてしまう。彼女を抹殺しようとするマフィアとの超能力を駆使した闘いと、脳の進化を専門家に伝えようと危険を冒すルーシーの命懸けの壮絶な闘いの顛末は?

 90分にも満たない短い作品だが、観応え十分。久々にベッソンの魅力が爆発していて、僕は存分に満喫し、時の経つのを忘れて観入った。ベッソン健在なり!これは嬉しい。

㉑ オデッセイ 監督:リドリー・スコット (141分) 2015年

 リドリー・スコットは今や伝説の大巨匠。現存する監督の中では、世界最高の鬼才にして天才映画監督である。傑作、名作が山のようにあるが、その中から特に有名なものを列挙してみよう。「エイリアン」「ブレードランナー」「ブラックレイン」「テルマ&ルイーズ」「グラディエーター」「ブラックホーク・ダウン」などなど。本当に垂涎のラインナップ。他にもいくらでも傑作がある。そんなリドリー・スコットの華麗な作品群に新たな傑作が加わった。それがこの「オデッセイ」というわけだ。

 話しは単純だ。火星探査を続けているクルーに凄まじい嵐が近づき、脱出する際に、マット・デーモン扮する植物学者の宇宙飛行士が吹き飛ばされて、ただ一人火星に取り残されてしまう。食料も尽きる中、どうやって一人で生き残るのか?そして彼は地球に生還することができるのか?この一点に絞り込んで物語は進展する。実に良くできている。かなり感動的なシーンの連続に、最後までワクワクドキドキ、本当に夢中になって時の経つのを忘れてしまう。

 最近、この手の宇宙をさまようSFが多く、「ゼロ・グラビティ」「インターステラー」などの傑作が作られたが、それらの中でもこのオデッセイが抜群に面白い。さすがにリドリー・スコットは違うと喝采を叫びたくなる。実に感動的な映画。是非とも観てほしい。マット・デーモンは何をやらせても実に上手くて、さまになる。

㉒ スポットライト 世紀のスクープ 監督:トム・マッカーシー (129分) 2015年

 2015年のアカデミー賞で作品賞と脚本賞を獲得した傑作で、確かに素晴らしい。声を極めて絶賛したい。今回の31本のまとめ観の中で、僕が最も気に入った映画の一つである。アメリカのボストンとその周辺地区で蔓延していたカトリックの司祭たちによる少年たちへの性的虐待事件のスクープを成し遂げた地方紙「ボストン・グローブ紙」の新聞記者たちの活躍をドキュメンタリータッチで描いた実話。実際にこのニュースは世界中に報道され、驚嘆と憎悪を伴って瞬く間に全世界を駆け巡ったので、ご記憶の方も多いだろう。カトリック教会のこんな恥ずべきスキャンダルを暴くことは、想像を絶する困難があり、多くの壁に遮られたが、それを新聞記者の良心と執念とで見事暴露に成功。実に観応えがある。弱小新聞社がチームを組んで不可能と思われたミッションを執念で達成していく姿に思わず感動してしまう。

 俳優陣がいずれもいい味を出しているのだが、中でも印象に残るのがあのバットマンを演じたマイケル・キートンだ。元々イケメンでも演技力が抜きん出ているわけでもなく、今まで魅力を感じたことは皆無だったのだが、この辣腕新聞記者の役は、自然体で演じながら頼りがいのある信念の男を演じきって、実に素晴らしい。すっかりファンになってしまった。

(第3部に続く)

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