目 次
改めて「輝ける師長」とは
色々と検討してきたが、ここで「輝ける師長」の条件を改めて総括してみたい。
輝ける=本人の能力とスキルが遺憾なく発揮され、本人のモチベーションが満たされている状態だと考える。
頑張っている師長が、頑張っている人材として上から正しく評価されることが絶対条件となってくる。
やっていること、取り組んでいることが認められ、協力と支援をしてもらえること。バックアップしてもらえる、少なくとも見守ってもらえることが必須条件である。
評価については、非常に重要なテーマであるため、また別稿にて考察していきたい。
どうやって「輝かせる」のかという視点
もう一つ重要な点は、看護師長が輝いているかどうかではなく、上司である看護部長が、部下の看護師長を輝かせることができるかどうか、という視点である。
そこで師長にとって最も重要な存在である看護部長の在り方がクローズアップされてくる。
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師長の役割に不可欠な看護部長の存在
病院の経営改善の要になる看護師長のことを考える際には、どうしても師長の上司である看護部長に触れざるを得ない。
師長が輝き、病院経営の要の役割を発揮するためには、そのもの看護部長がどうあるべきか。そっちの方がよっぽど重要な問題になる。
僕は今まで全国様々な病院で勤務し、25年間以上に渡って6つの病院で事務長職を務めてきたが、その中で痛感させられたことは、病院という組織、職場にとって、看護部長(看護部長)の役割が極めて大きく、その病院を良くするも、悪くするも看護部長にかかっていると言っても過言ではないことだ。
最近、多くの病院で、看護部長を副院長に任命していることも増えてきた。
それだけ病院という組織が変貌を遂げ、看護部長ひいては看護師の重要性を認識するに至ったことを意味するが、問題はその看護部長が副院長としての役割をちゃんと果たしているのか、その点にかかってくる。
僕の長年の現場体験からも、師長の課題と問題点よりも、看護部長の課題と問題点の方が遥かに大きいと断言できる。
一言で言えば、病院経営にとって非常に大きな役割を担うことが期待されている看護師長を殺すも生かすも、全て看護部長にかかっている。
いい看護師長を育て、育成しようとしたら、先ずはいい看護部長の存在が不可欠なのである。
看護部長は何だってできると認識すべし
看護部長は副院長を兼ねることもある病院内の重要な幹部である。
したがってその部長の考え一つで、何だってやることができるスーパースターと言ってもいい。
もちろん、病院長の了解や、テーマによっては事務長の了解を得る必要もあるだろう。
元々看護師のテリトリーは広過ぎるほど広いので、全面委任されていることもかなり多い。事後報告させしっかりやっておけば、看護部長に任されている業務は広範に渡り、しかも何だってできるはずだ。
遠慮する必要はないし、むしろ遠慮してはならない。
病院にとって役に立つこと、経営改善に結びつくことに対して、看護部長は貪欲に取り組まなければならないのである。
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何だってできるんだから、しっかりしようよ!
ポイントはここだ。看護部長は病院内で、その気になれば何だってできるのだから、しっかりしようよ、という話しである。
その重要な役割をちゃんと果たしているのか、それが問われなければならない。看護部長が機能停止していれば、看護師長も役割を発揮することは、全くできない。
看護部長は責任重大
看護部長は、それだけ大きな役割を担っている。
中間管理者である看護師長に、輝くためにどうあるべきかを問う前に、看護部長がちゃんと役割を果たしているかどうかが問われなければならない。
僕は長年に渡って様々な病院で、優秀な看護部長もたくさん見てきたが、かなり大きな問題を抱えた看護部長を何人も見てきた。
問題を抱えた看護部長がいる病院に明日はない。本当にそう考えている。
何かのきっかけで、覚醒してくれる看護部長も中にはいるが、問題を抱えた多くの看護部長は今更変わり得ない。
人間はある程度の年齢に達し、権力を握ってしまうと、その後はよっぽど心に響くことがない限り、変わることはない。悪いのは貴方の方、貴方が変わらなければならないと上から押さえ付けてしまいがちだ。
そうではない。変わらなければならないのは、看護部長、貴方の方である。
それでも変わらない看護部長はお山の大将、裸の王様となって、部長が定年退職に達するまでひたすら待ち続けるしかないことになる。
どうしても使えない看護部長は、もちろん病院長なり更に上の、自治体病院であれば病院事業管理者、民間であれば理事長なりが、解任、更迭させることもできるが、実際には今の日本の病院では実行するのはかなり難しい。
そう考えると、看護部長にどんな人材が登用されているのかは、病院経営にとって極めて重大であり、病院の盛衰すら左右しかねない。
現に看護部長の任にある部長は、もう一度、自らを振り返って、自分が病院の中で期待されている役割をちゃんと果たしているかどうか自己採点して欲しい。
そして、多少なりとも至らなさに気づいた場合には、勇気を持って、自ら意識改革を推し進め、変わってもらわなければ困る。
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師長を生かすも殺すも全て看護部長次第
僕は様々な病院で、それこそ数え切れない程の看護部長と看護師長を目撃し、その働き方、仕事への取り組み方を見させてもらってきた。その中には今でも親しくさせてもらっている方々が少なくないが、看護師長を伸ばすのもダメにしてしまうのも、看護部長次第、偏に看護部長の手にかかっているというのは実感だ。
優秀な看護部長の下で働く師長は本当に恵まれている。看護部長の理解がお粗末だったことで、力を持った師長が本来の能力とスキルを十分に発揮できずに冷遇される不幸なケースを山のように見てきた。

人材育成は部長が率先垂範すべき
部下を指導教育して、立派に育て上げる人材育成は看護師長の最も重要な役割の一つだ。だが、それを真っ先に実践すべき人は看護部長ではないか、と僕は常々思ってきた。
部長の人を見る目がない、師長をうまく育て上げられないがゆえに、どれだけ多くの師長が悩み、挫け、やる気を失ってきたことか。
病院の全職員の半数以上を占める看護部のトップは、常に虚心坦懐にして、部下の能力とスキルを見定めなければならない。
人はどうしても甘言には甘くなる。それを分かっている部下は計算ずくで上司にうまく取り入ってくるのが人の世の定めである。自分に甘いことを言ってへつらう部下ばかりをかわいがり、不器用で要領こそ良くないが、真剣に病院の(看護部の)課題と問題点に向き合っている師長の存在は遠いものになってしまう。
優秀な師長を育てられるかは、偏に看護部長次第だと肝に銘じてほしい。そして自分の周囲と部下の師長の働きを良く見て、見極めることが必要だ。
感情だけで評価していないか。客観的な事実だけに基づいて評価していないか。好き嫌いで評価していないか。もう一度、全ての先入観と個人感情を捨て去って、部下の師長がやっていることのファクトと実績に基づいて適切な評価をしてほしいと切に願う。
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これは困るよ!看護部長
部下である看護師長との関係で看護部長の問題点を述べてきたが、看護部長には病院の大幹部として非常に重要な役割を担っているので、ことは師長とのことだけではない。
ここでは、困った看護部長の姿をいくつか列挙させてもらう。この中に一つでも当てはまる部長は、直ぐにでも改め、行動変容してほしい。
そうしてもらわないと病院は生き残れない。
全体最適を目指しているか?
一番困るのがこれだ。看護部長は往々にして、病院としての全体最適を無視して、あるいは度外視して、自分たち看護部、看護師の権利の伸長ばかりを考えていないか!?
看護部あるいは看護師の権利と利益を最優先に考え、病院全体の利益を無視していないか。
看護部の権利伸長と自己保全だけを考えていないか!?
極端な言い方になったかもしれないが、もう少し具体的に言えば、看護部の協力が得られれば病院はもっと良くなるのに、それをやることは看護師の業務と負担が増えるとして、協力を拒むといった例だ。
僕はこういうケースを様々な病院で数え切れない程、見てきた。看護部長自身がそれを受け入れ難いと拒否する場合と、部長としては協力はやぶさかではないが、それを受けてしまうと部下の支持が得られず、自分が下から攻撃されることが困るので、受け入れられない。このいずれかだ。
これは病院では日常茶飯事。こうなると看護部は病院内の圧力団体としか言いようがない困った存在となってしまう。
病院の改革と経営改善には看護部の協力と理解なしでは進められないことを十分に理解して、病院が進めようとする改革と経営改善のブレーキ役となっていないかどうか、常に検証を怠らないでほしい。
視野狭窄に陥っていないか!?
重なる部分もあるが、看護部長の視野狭窄には度々閉口させられてきた。
視野狭窄に陥っているから、病院としての全体最適を理解できずに、自分たちの権利や権限拡張ばかり主張することになりがちで、この両者は表裏一体の関係にある。
つまり看護部、看護師の方しか見えない視野狭窄に陥れば、全体最適という発想など決して生まれてこないことを、看護部長は肝に銘じてほしい。
不機嫌で難しい顔ばかりしていないか!?
いくつかの病院では、いつも不機嫌で難しい顔をしている看護部長がいた。こういう病院は全体が決まって暗くなる。
看護部長はいつも朗らかで微笑みを絶やさない、そうあってほしいと心から願っている。
病院経営がこんなに厳しい時代だからこそ、看護部長には難しい課題と向き合ってもらうことになるのは不可避だが、スタッフと患者と家族、そして外部のステークホルダーに対しても、明るい笑顔を絶やさずにいてほしい、看護部長がそうあることで病院の雰囲気がガラッと変わるので、要注意だ。
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部長室に閉じこもっていないか!?
部長室に閉じこもっている看護部長は失格である。これはもう断言してしまう。
そんな部長はいないと信じているが、もし仮に朝からずっと看護部長室に閉じ籠り、用事があるときにピッチや内線電話で師長やらスタッフを呼びつける部長がいたなら、そんな部長は全く役に立たないので、即刻更迭すべきだとするのが僕の信念だ。今でもその考えに変わりはない。
現場のラウンドに足を運んでいるか?
病院は現場が支えている。現場を知らずして病院経営は成り立たない。看護部長は毎日必ず部下の看護師長の働いている部署に自ら赴き、その現場で師長に声をかけることを日課とすべきである。
この必要性を理解できない人は、看護部長の席にいるべきではない。
それでは病院は決して良くならない。これは僕の長い病院での勤務経験から導き出されたぶれることのない信念だ。
部長としての権限を振りかざしていないか!?
最後に言わせていただきたいのは、これだ。病院に対しても、特に自分の部下である看護師長や一般看護師に対して、部長としての権限を振りかざしていないか!?
人事異動、配置換えなど人事権を駆使して、自己保全に努めていないか。
自分は部長として選ばれた存在であって、貴方たちとは違う。黙って私の言うことを聞きなさいと理不尽なことを部下を押し付けていないか。
それを日々検証しながら部長業務を全うしてほしいと願わずにいられない。