バルトークの弦楽四重奏曲の概要(再確認)
バルトークの6曲の弦楽四重奏曲の全体像については、総論として先日、かなり詳しく紹介した。今回から6曲のそれぞれについて、かなり詳細にみていきたい。
その前に、再確認の意味を含めて全体の概要のおさらいをしておこう。
バルトークには弦楽四重奏曲が6曲あって、生涯に渡って継続的に作曲され続け、それぞれの時代の代表作となっている。第1番は27歳の時、最後の第6番は54歳の時の作曲である。
第1番と第2番では後期ロマン派や印象派、更に無調音楽など当時の最先端の音楽に深く影響を受けながら、試行錯誤を重ね、第3番でかなり前衛的な実験をした上で独自の音楽を確立させ、それを第4番で未曽有の高さに完成させた。
続く第5番で曲想は変わるがそれまでの集大成として頂点を築く。第6番は愛する故郷のハンガリーを離れ、アメリカに亡命するに当たっての告別の音楽であると共に自らの音楽の特徴を惜しげもなく注ぎ込んだ、こんなところだろうか。
3本の記事で、2曲ずつ個別に紹介していくことにしたい。
先ずは第1番と第2番の2曲である。
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第1番と第2番の概要について
バルトークの6曲の弦楽四重奏曲ではそのピークとされる第4番と第5番の評価が非常に高く、初期に属する第1番と第2番の2曲については、あまり熱心に聴かれることはない。バルトークの弦楽四重奏曲というと、第4番と5番、少し広めに捉えても第3番から第6番までの4曲で、どうしても初期の2曲は影が薄くなりがちだ。
バルトークの弦楽四重奏曲を楽しもうとするする多くのクラッシク音楽ファンも、敢えて初期の2曲をじっくりと聴く人は限られている、いや非常に少ないのではなかろうか。
この初期作品に心を奪われる
ところが、僕はこの初期の2曲が大好きなのである。特に第1番を非常に気に入っており、熱愛しているといっても過言ではない。
確かに最高傑作と言われる第4番と第5番は素晴らしい音楽で、もちろん僕も大好きだが、それらと比べても第1番の特別な魅力は決して劣るものではない。
ちょうど、ベートーヴェンの不滅の16曲の弦楽四重奏曲の中で、最高なのはもちろん後期の作品群だが、意外と初期の作品18の6曲にたまらない魅力を感じているのと、似ているかもしれない。
だが、僕のバルトークの第1番熱は、ベートーヴェンにおける作品18とは比べ物にならない。
本当にバルトークの弦楽四重奏曲第1番は隅から隅まで、その全てに深い魅力を感じていて、こよなく愛している。ここまで心を奪われる音楽も稀だ。
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弦楽四重奏曲第1番 作品7(Sz.40)
バルトークの最初の弦楽四重奏曲。1908年から09年にかけて作曲された。バルトーク27歳から28歳にかけてである。この前にも多くの作品を作曲しているが、それほど有名な曲はなく、この弦楽四重奏曲の第1番が、作曲家バルトークにとっても大作曲家としての偉大な第一歩となったと言っていい。

3つの楽章から構成されているが、3つの楽章は切れ目なく続けて演奏される。通して演奏すると30分超の長い作品で、これは全6曲の中でも最長の長さを誇る。ちなみに2番目の長さは第2番と第5番の約28分となる。
第1楽章 Lento 約9分半
この第1楽章が飛び切りの名曲である。
バルトーク自身が友人への手紙の中で、「これは葬送の音楽である」と書いている。葬送の音楽、つまり「レクイエム」である。
そのとおりの、深い悲しみと深遠さに満ちた魂の一番奥に響いてくる音楽だ。実に真摯な音楽と言ってもいい。

27歳の若者が初めて取り組む弦楽四重奏曲の冒頭に「レクイエム」とも言えるここまで深く悲しみ満ちた音楽を作曲したのには理由があった。
ここにはバルトークの恋愛が反映している。元々バルトークはシュテフィ・ゲイエルというヴァイオリニストの女性と交際していたのだが、つきあっていくうちに互いの宗教観や死生観、人生観の違いが浮き彫りになってくる。バルトークは当時、ブダペスト音楽アカデミーで教職に就いていたが、その音楽学校の生徒マルタ・ツィーグラーと出会い、シュテフィとは距離ができてしまう。
結局、バルトークは2年後の1909年にマルタ・ツィーグラーと結婚した。1909年は正にこの第1番が作曲された年である。
このしみじみとした深いメロディを、バルトーク自身が「シュテフィのライトモティーフ」と呼んでいる。
正に青春の蹉跌とでも呼ぶべき失恋エピソード。この別れがこの名曲を誕生させたのなら音楽ファンは歓迎するしかない。
まさにシュテフィのライトモティーフとなる冒頭の3小節の中に、シェーンベルクが十二音技法を確立する前であるにもかかわらず、十二音の全てが使われていることは、かなり有名な話しである。
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第2楽章 Allegretto 約10分半
これも心の奥に迫ってくる音楽だ。第1楽章のレントから打って変わって、流動的な力強い響きが特徴、正に流動的なアレグレットである。暗闇を切り裂くかのようなかなり刺激的な音楽でもある。
同じ音型を執拗に繰り返すオスティナート音型が非常に印象に残る。

第3楽章 Allegro vivace 約10分半
これが第1楽章にも増して凄い聴きものである。
いきなり始まる何とも魅力的なパッセージに戦慄を禁じ得ない。高音のヴァイオリン系による力動的な刺激音に続いて、チェロのカデンツァ風の非常に印象的なパッセージが響き渡り、細かいリズムで動き回る高音系と朗々と歌うチェロとの掛け合いに息を飲まされる。

そして、やっぱりここでもオスティナート音型が多用される。刺激的なオスティナートはヤナーチェクの専売特許だと思っていたが、若きバルトークもここまで愛用していたことには驚かされる。
これは中々刺激的な忘れ難い音楽となる。目まぐるしく変わるとテンポとリズム。次から次へと想定外の音とリズムが出てきて、音楽による饗宴の限りを尽くすようだ。
そしてオスティナートの嵐。ほとんど狂気を孕んでいるかのような挑発的な音楽。テンポの変化が頻繁に起こりながらも全体的にスピードアップしてドンドン高揚し、最後は挑みかかるような刺激的な音楽を展開し、グイグイと押し込んでくる。静かになるのもホンの束の間。最後の最後まで想定外の刺激的な音に彩られながら、力に満ちた堂々たる音楽で閉じられる。
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第1番を熱愛してやまない
第1番は本当に素晴らしい。これが27歳のバルトーク青年による初めての弦楽四重奏曲とは到底思えない程の完成度と深みを湛えている。これは真の傑作・名作に相応しい作品だ。
第1楽章の憂いを帯びた深い深遠な響きに殊のほか心を奪われる。これが「レクイエム」だと言ったバルトークの言葉に心から合点がいく。
この第1楽章は、バルトークの生涯を通じて作曲され続けた弦楽四重奏曲の記念すべき最初の楽章ということになる。いきなりホームランというか、究極的な音楽を作曲してしまったような気がする。
そして、それ以上に心を奪われてしまうのが、最後の第3楽章である。この約12分間の音楽を僕は本当に熱愛してやまない。本当に素晴らしい傑出した音楽だ。
ここには最高傑作と称えられる後の稀有な傑作の萌芽が既にあって、バルトークは27歳の最初の弦楽四重奏曲において早くも自分の進むべき道、確率すべき新しい独自の音楽の設計図を既に頭に描いていた感すらある。正に若き天才の誕生を告げるものすごい音楽の出現と言っていい。
若き天才は20年後にたどり着く自らの至高の境地を、既に先取りしていたように思える。
聴く度に深い感動に襲われる稀有な傑作である。もしかたら、この第1番が6曲の中で、一番魅力的なんじゃないか、なんて思うことさえある。
もちろん、この後にも凄い音楽が続いているのだが。
ベートーヴェンの第14番に似ている!?
ある著名なバルトークの研究家(セルジュ・モルー)が著書『バルトーク』の中で、この作品はベートーヴェンの弦楽四重奏曲第14番作品131に似ていると指摘していることにも触れておこう。
ベートーヴェンの第14番作品131と言えば、ベートーヴェンの後期の弦楽四重奏曲の中にあっても、とりわけ評価の高い名作中の名作である。それとバルトークの第1番が似ている!?
正に我が意を得たり!全くその通りじゃないか!
元々バルトークの6曲の弦楽四重奏曲が、ちょうど100年前に大活躍した楽聖ベートーヴェンの至高の16曲の弦楽四重奏曲を引き継ぐ高嶺と評価されているわけだが、まさかベートーヴェンの全16曲の中でも屈指の名作である第14番作品131と似ているとは、望外の評価。
もしかしたら、バルトークは27歳の若さで初めて弦楽四重奏曲を作曲した時からベートーヴェンを意識して、それを凌駕しようと望んでいたのだろうか!?
まさかとは思うが、そんなことを考えるとこれ以上興味深い話しはない。

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弦楽四重奏曲第2番 作品17(Sz.67)
第1番から6年後に足掛け3年間かけて作曲された。バルトーク34歳から36歳にかけてであるが、重要な点は作曲された年だ。1915年から1917年。もちろんあの第一次世界大戦の真っ最中である。
第一次世界大戦は1914年に始まり1919年に終わった。バルトークが第2弦楽四重奏曲を作曲した3年間は、スッポリ第一次世界大戦中に納まっている。これはどうしても意識しないわけにはいかない。
第1番ほどではないが、僕はこの第2番も非常に気に入っている。第1番のような魅力には不足するが、全体がかなりメロディアスにできていて、実に良く歌う。
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第1楽章 Moderato 約10分
いかにも不気味な雰囲気で始まる。これはいかにも苦渋に満ちた音楽というのがふさわしい。これは何を表現している音楽なのだろうか。悲しみとは全く違う。暗闇の中を彷徨っているかのような音楽なのである。
聴いていてドンドン辛くなってくる音楽なのだ。
やっぱりここには戦争の影が色濃く反映していると感じてしまう。
調性感は希薄で、無調に近づいている。

第2楽章 Allegro molto capriccioso 約7分半
最大の聴きものはこの第2楽章で決まり。バルトークならではの激しいリズムと荒々しさに満ちていて、バルトークの怒りと時代への思いが滲み出ているかのようだ。
中盤で静かに歌う部分もあるが、直ぐに荒々しさをむき出しにしてくる。これは凄い。激しいほとんど暴力的と言ってもいいような荒々しいリズムが襲い掛かってくる。
こういう原始主義と呼ぶしかないようなエネルギッシュで激しい音楽は、頂点となる後年の第4番や第5番で本格的に出現するものと思いきや、この初期の作品にも既に出てくる。
後の萌芽が既にあるといった次元ではなく、これはもう完成された音楽である。
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第3楽章 Lento 約8分
極めて神秘的な音楽で、シェーンベルクの影響が濃厚だと言われている。もちろん無調ではないし、十二音技法が用いられているわけではないが、この独特の雰囲気は曰く言い難い。
切々と迫ってくる真に切迫した音楽で、これは僕には戦争への不安と怒り、やるせなさの表現なのではないかと思えてしまう。ちょっと尋常ではない音楽だ。
【第3番・第4番に続く】
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ジュリアード弦楽四重奏団のCD(特に1963年の2回目の記念碑的録音、81年の3度目の新録音に対して旧録音と呼ばれている)が廃盤で入手不可能なのは痛恨の極みですが、幸いアルバン・ベルク弦楽四重奏団による演奏は今でも入手可能です。こちらも最高の演奏!
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バルトーク:弦楽四重奏曲全集 [ アルバン・ベルク四重奏団 ]