もの凄いBOXセットが登場した

夢のようなもの凄いBOXセットが登場した。カール・リヒターが指揮したバッハの宗教曲(声楽曲)の集大成である。

数カ月前に販売予告を見た際、我が目を疑うような衝撃を受け、思わず大きな声を上げてしまった。

クラシック音楽の熱心なファンの友人に、直ぐに「凄いものが出ることになった。くらくらとめまいがする!」とLINEを送ったくらい。

基本的にセット物のCDBOXであるが、厳密に言うとこのBOXはCDだけを集めたものではない。

DVDの映像と、何と言っても3枚ものブルーレイ・オーディオ(BD-A)の存在が大きい。

CD12枚、DVD4枚、BD-Aが3枚というとんでもない陣容になっている。

しかも全て24-bit/192kHzによる最新リマスタリング。音質もグンと改善されているようだ。

収録内容の全容

これは稀代のバッハ指揮者であったカール・リヒターがドイツグラモフォン(アルヒーフ)に録音したバッハの宗教曲(声楽曲)の全てを、一つのBOXに完璧に収録したものである。

今年2026年は、不世出のバッハ演奏家カール・リヒターの生誕100周年に当たり、それを記念しての特別企画だという。

カール・リヒターのバッハの宗教曲の録音と言えば、バッハ至高の大作「マタイ受難曲」を筆頭に今日でもなお最高の演奏の一つとして、極めて高く評価されているものである。

現代ではバッハを中心するバロック音楽は古楽器(ピリオド楽器=オリジナル楽器)で演奏することがすっかり定着している。リヒターはその古楽器による演奏が始まった頃の大指揮者で、ご本人はモダン楽器(現代楽器)で演奏しており、今となっては時代遅れとのそしりを免れない。

ところが、そんな中にあっても、リヒターによるバッハの一連の演奏は、楽器に何が用いられているかという次元を超越し、今でも最高の演奏として輝き続けている。

特に宗教曲では、山のように出ている古楽器による演奏は、到底リヒターを凌駕できずにいる。その未曽有の名演が、今回まとまってBOX化されたわけである。

狂喜するな!、冷静に!と言う方がどだい無理な話し。

具体的な収録内容の全容

この夢のようなBOXに収められたカール・リヒターによるバッハの声楽作品は以下のとおりである。

リヒター=バッハBOXセットの収録曲一覧

【CD】12枚
マタイ受難曲 3枚
ヨハネ受難曲 2枚
ミサ曲ロ短調 2枚
クリスマス・オラトリオ 3枚
マニフィカト クリスマス・オラトリオ3枚に含む

カール・リヒター イン リハーサル(クリスマス・オラトリオのリハーサル風景) 1枚

モテット(3曲のみ)1枚(特典CD)

【DVD】4枚
マタイ受難曲 2枚
ヨハネ受難曲 1枚
ミサ曲ロ短調 1枚

【ブルーレイ・オーディオ(BD-A)】
マタイ受難曲、ヨハネ受難曲、ミサ曲ロ短調、クリスマス・オラトリオ、マニフィカト 1枚
教会カンタータ 全75曲 2枚

ファン垂涎の夢のようなセット

これは本当にバッハファン、リヒターファン垂涎の的となる夢のようなお宝BOXである。

リヒターがアルヒーフに録音したバッハの声楽曲の全てが収録されているだけではなく、リハーサルの音声(クリスマス・オラトリオ)があり、更に特典として、凄いCDが付いている。

今回が初出となる3曲のモテットのライヴ演奏だ。これが感涙ものだ。

3曲だけではあるものの、メインである第3番「イエス、我が喜び」、モーツァルトが聴いて非常に感激したことでも有名な第1番「主に向かいて新しき歌をうたえ」も含まれており、不満はない。

未だに最高の名盤との評価が定着しているバッハの4大声楽曲である「マタイ受難曲」、「ヨハネ受難曲」、「ミサ曲ロ短調」、「クリスマス・オラトリオ」の各曲がCDで収められ、「マニフィカト」も含めてこれら全てが1枚のBD-A(ブルーレイ・オーディオ)に収めれている。

ちょうどCD10枚分が1枚のBD-Aにスッポリ収められていることになる。収録時間は14時間以上に及んでいる。

 

更にこれまた衝撃的な感動映像として有名な「マタイ受難曲」を筆頭に、「ヨハネ受難曲」、そして「ミサ曲ロ短調」のDVD映像が収められている。

願わくはこれらの3作品の動画がブルーレイとして蘇り、画質が一層美しくなってくれたら、申し分なかった。

教会カンタータ録音全75曲が2枚のBD-Aに

このリヒター、バッハBOXの最大の売りは、実は教会カンタータにあると言ってもいいと考えている。

バッハが作曲した教会カンタータはちょうど200曲ある。

今日では多くの名指揮者たちによって、この200曲の教会カンタータの全曲録音が行われているが、稀代のバッハ演奏家だったカール・リヒターは、特に晩年(とは言っても54歳の若さで急逝)かなり精力的に教会カンタータの録音を進めたものの、結局75曲だけを録音して亡くなってしまった。

リヒターは、後年「バッハの魅力は結局のところ教会カンタータに尽きる」と繰り返し語っていて、教会カンタータの録音に情熱を注いでいたが、20年間かけても全体の3分の1強で終わってしまったことは、至極残念なだっただろうと思われる。

それは我々クラシック音楽ファン、バッハファン、リヒターファンにとっても同じ思いで、僕もリヒターの指揮で教会カンタータの全曲を是非とも聴いてみたかったと見果てぬ夢を抱いている。

リヒターが生前に残した全75曲の教会カンタータの録音は、CDにして25枚に及んでいる。そのCD25枚分を2枚のブルーレイ・オーディオに収録しているのが、今回のリヒター=バッハBOXである。

現在、リヒターの教会カンタータのCDは入手困難となっていることもあって、このBD-Aは嬉しい限りである。

リヒターが録音した教会カンタータ75曲の全て、CD25枚分を2枚のブルーレイ・オーディオで全て聴ける喜びは、全く言葉にできない。

不滅の金字塔であるリヒターのバッハ演奏

上述したとおり、リヒターのバッハは全てモダン楽器(現代楽器)で演奏されている。今日では全く考えられないことであり、それだけで時代遅れの演奏とされてしまう。

だが、そんなことは決してなく、リヒターの演奏するバッハは今日でも未だに最高の演奏と言っていいものだ。

特に「マタイ受難曲」を筆頭に、宗教曲の大作はその後の古楽演奏の大家たちの演奏と比べても、全く遜色がないどころか、到底リヒターの感動には及ばないというのが僕の偽らざる実感である。

特に、このBOXにも収められている1958年に録音された1回目の録音となった「マタイ受難曲」は、未だに最高の名盤としての評価が微動だにしない。

合唱の精度には若干難があるが

合唱が全面的に出る「ミサ曲ロ短調」と、やはり合唱に重点が置かれた「ヨハネ受難曲」では、その合唱の精度に若干の問題があるのは否めない。

ミッシェル・コルボの出現によって、合唱団の質が抜本的に向上し、リヒターの指揮するミュンヘンバッハ合唱団は、今日の洗練された合唱団に比べるとどうしても聴き劣りしてしまうことは事実である。

だが、それにしてもその感動の深さと類まれな説得力は、余人の及ぶところではない。

そんなバッハの宗教曲の大作の最高の演奏を、向上された音質とブルーレイ・オーディオで気軽に聴けることは無上の喜びである。

リヒターの演奏のどこが凄いのか

不世出のバッハ指揮者カール・リヒターの演奏のどこがそこまで凄いのだろうか?

圧倒的な構築力と構成力。妥協を排した厳粛さと襟を正したくなる厳しさ。そして説得力のある強靭な表現力。それに深い精神性が加わるのである。

オーケストラの技術の確かさと、それを厳しくコントロールするリヒターの冷徹なまでの統率力が傑出している。

リヒターの演奏の脇を固める歌手陣も見事の一言。僕が熱愛して止まないフィッシャー・ディースカウを筆頭に、当時の世界最高の歌手陣が勢揃いしているのが圧巻。

これらの美点というか演奏の特徴は、使用している楽器がオリジナルの古楽器なのか、モダン楽器なのかということは全く問題ではなくなってしまう。

使用している楽器がバッハが生きていた当時のものかどうかなんてことは全くどうでもいいことで、要はどう演奏するか、演奏すべきなのか。その表現力に尽きる。

リヒターはやっぱり凄い、その圧倒的な表現力、説得力とドラマツルギーに言葉を失ってしまう。

古楽器でやろうとしたことは全てやっている

リヒターを聴いて痛感させられるのは、リヒターは楽器こそモダン楽器を用いていたが、やろうとしていたことは古楽器を用いる演奏家と何ら変わるとところはないということだ。

目指そうとした方向性には何ら差がないと思われてならない。

むしろ古楽器演奏家たちがやろうとしていた音楽は、既にリヒターがこの当時から既に先んじてやっていたようにさえ思えてくる。

そして、最後は使われている楽器が古楽器なのかモダン楽器なのかということはどうでもいいことに思えてくるのである。

一つだけ重大な不満がある

これだけ申し分のない夢のようなBOXであり、家宝にすべき貴重なセットであることは言うまでもないのだが、その内容が卓越しているだけに、あるマイナス面が非常に残念でならない。

「玉に瑕」というのは、このことだろう。

それは非常にありがたいと大絶賛した75曲の教会カンタータの取り扱いにある。

リヒターが最後に情熱を傾けながらも75曲どまりの録音となった未完の教会カンタータが、2枚のブルーレイ・オーディオにそっくり収められたことは大変な快挙である。

そこまでは良かった。

ところが、なのである。

致命的な欠陥に怒りが収まらず

そのブルーレイ・オーディオの仕様に大いに不満がある。正直言って我慢ならない程の憤りを感じている。

怒りが収まらない程の失望と無念さ。

というのは、このBD-Aに収められた75曲の教会カンタータには、曲毎のインデックスが付いていないのである。全く信じられないことだ。

致命的な欠陥という他はない。

個別のカンタータにインデックスがない

教会カンタータはプロテスタント教会の礼拝用に作曲されたカンタータであり、バッハの場合はどの曲であっても7~8曲の独立した個別の曲から構成されている。

オーケストラによるシンフォニアや、合唱団による大規模な合唱曲やコラール、独唱者によるアリアやレスタティーヴォなど様々な曲の集合体で、1曲あたりおよそ20~30分程の演奏時間を要する。

CDであれば、当然1曲のカンタータを構成する個別の曲毎に細かなインデックスが付いているのは、当然のことである。

今回のBD-Aにはその個別のインデックスが全く付いていないのである。

したがって、例えばあるカンタータを聴こうとした場合、そのカンタータが8曲から構成される30分間のカンタータだとすると、8曲のインデックスはないので、30分のカンタータを1曲として通して聴くことを余儀なくされる。4曲目のアリアだけ聴こうと思っても不可能となる。

こんなバカなことがあるか!?

これでは曲をじっくりと聴くことができない。今の合唱曲が素晴らしいから、その合唱曲だけをもう一度聴こうと思っても、それができないのである。あり得ない話。

どうしてこんなお粗末な仕様にしてしまったのか。

「クリスマス・オラトリオ」はできている

青ざめた僕は慌てて、もう1枚のブルーレイ・オーディオを確認してみた。「マタイ受難曲」や「ミサ曲ロ短調」がどうなっているのか。

幸い大丈夫だった。当然のことだ。「マタイ受難曲」の3時間を通しで聴くしかないとしたら、大ごとである。

心配だったのは「クリスマス・オラトリオ」である。

「クリスマス・オラトリオ」は、実質的にはクリスマスをテーマとした6曲のカンタータの集合体である。これももしかしたら、教会カンタータ同様にインデックスがないのではないか!?

問題なかった。これは全て個別にインデックスが付いていて、個別の曲毎にタイトルも表示される。これが本来の正しい姿。「マニフィカト」も大丈夫だったので安心してほしい。

ちゃんとできていることを、どうして教会カンタータではやらなかったのか。全くの手抜き。杜撰な仕事と言うしかない。

本当にガッカリさせられた。これではリヒターが泣く。バッハだって泣いてしまう。

これほどの立派なBOXセットを作っておきながら、本当に残念だ。

ドイツグラモフォンは、この部分は欠陥として作り直すべきだと強く思わずにいられない。

欠点はあるが、家宝には変わりない

そんな思わぬ欠陥には大いに失望させられたが、これだけの充実した記念的なBOXセットは滅多にないと強調しておきたい。

バッハとリヒターに興味のある人にとっては、どうしても手元に置いておきたいものだ。これ以上は考えられない必須アイテム。

リヒターの生誕100周年。亡くなってからちょうど45年(1981年2月16日逝去)も経ってしまった。

この機会に是非ともこの不世出のバッハ演奏家による傑出した演奏によって、あらためて大バッハの偉大な声楽作品にどっぷりと浸かっていただきたいものだ。

 

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